


マルチリンガル脳を育む
−ユビキタスコンピューティングを利用した外国語学習システム
Developing Multlilingual Ability
− Foreign Language Learning System Using Ubiquitous Computing
人間情報科学研究所 第一研究室 山田 玲子
はじめに
私たちのプロジェクトでは、話しことばの認知過程、特に日本人が英語を学習する際に壁となる要因について、さまざまな角度から、基礎的な研究を積み重ねてきました。そしていま、その成果を、マルチリンガル能力を育むための技術として発展させるべく研究を継続しています。その概要を「学び方」、「学び頃」「学びたいときが学び時」の3点に整理して紹介します。
「学び方」
これまでの外国語教育では、語彙や文法の学習が主体でした。しかし、統合的な外国語運用能力を習得するには、これだけでは不十分です。偏った学習の結果、本来その段階では対応しなくてもいい処理まで要求されることもあります。このため、処理自体が負荷の高いものになり不確実になったりします。例えば聞き分けられない音韻(母音や子音)を文脈から判断している場合などがそれにあたります。この場合は、音韻処理段階でのつまずきを脳が高次処理を行って補完しているのです(図1)。
こうした音韻処理段階でのつまずきは、正しい語彙の習得まで阻害します。例えば"frame"と"flame"。どちらが「枠」でどちらが「炎」か日本人大学生に答えさせると、かなりの割合で間違えます。単語を覚えたときに、"r"または"l"の音と結びつかず、“フレーム”という日本語音で覚えてしまったことが影響していると思われます。
そこで私たちは、音声の基本モジュール(音韻、語彙、フレーズ、韻律など)の学習に重点を置き、話しことば情報処理の観点を取り入れた学習技術の研究、さらに音声信号処理技術や調音観測技術を取り入れて学習者の理解しやすい学習技術の研究を進めています。
「学び頃」
外国語早期教育の是非が活発に議論されています。しかし、「何歳頃にどのような学習をすればよいのか?」という疑問について科学的根拠に基づいた回答は未だ存在しません。また、暦年齢だけが要因ではなく、発達段階や既習レベルに応じた学習内容についても検討されなければなりません。
私たちは現在、複数の研究協力校[1]の支援をえて、幼児から高齢者まで幅広い年齢層を対象に、英語学習の実験を行っています(図2)。学習内容に応じた「学び頃」の研究を行うことにより、近い将来、上記の疑問点に答えを出せるものと期待しています。
「学びたいときが学び時」:ユビキタス・コンピューティングを利用した学習システム
いつでもどこでも学習したいというニーズを背景として、CALL(Computer Assisted Language Learning)教材や遠隔学習環境の開発が進み、インターネットを利用したe-learning 市場が急速に拡大しつつあります。しかし、場所・端末が限定されている、学習した内容を現実社会で発現するのは困難といった問題点が山積しています。
ところで、外国語コミュニケーション能力の習得に最も効果的な方法とは、その言語の環境で生活することだといわれます。となると、学習技術は実体験と同等もしくはそれを超えるものを目指さなければならず、既存のCALLシステムから実体験型システムへと方向転換を図る必要があります。
そこで、近未来には情報端末が我々の日常生活を含めた社会空間に偏在することに着目し、こうしたユビキタス・コンピューティング・インフラを利用して、学習者の生活環境内で実体験型の学習ができるシステムの研究開発を行っています。
このシステムでは、学習者の普段の生活環境に、情報の送受信、刺激提示、反応入力などを受け持つインテリジェント型ユビキタス・スイッチを配置し、学びたい言語によって空間を仮想的に再構成します。さらに、環境と学習者との仲介にはロボット等を配置することで、学習者にとってより自然なインタフェースにより、日常環境にいながら「より本物らしくより現実的に」学習を行うことが可能となります(図3)。
おわりに
私たちのプロジェクトでは人間の話しことばの学習機構を理解するという目的のために、さまざまな外国語学習実験を実施しています。これらの実験で使用した訓練システムやプログラムは、語学学習に即座に応用可能です。実際、その一部はATR
CALL Web システム[2]としてインターネット上で公開しており、研究データ収集も兼ねつつ、多くの英語学習者に愛用されています。今後、学習内容のさらなる発展、学び頃・学び時を得た学習方法の開発、ユビキタス・コンピューティングを利用し個人の生活環境に仮想現実的な外国語環境を実現するための技術の開発を通じ、マルチリンガル脳の育成に貢献する基盤技術の創成を目指したいと考えています。
参考文献