●ATRの自律分散型無線ネットワーク

マイクロデバイスの研究
−次世代の光電子素子をめざして−




ATR波動工学研究所
斎藤 信雄



1.はじめに
 現在の無線ネットワークは電波を使用したものが主流ですが、電波を使ったネットワークに比べて光無線ネットワークは、
 1.安全:
 カーテン1枚でさえぎることができ、周囲への情報の“もれ”を容易に防げる
 2.安心:
 他の機器(心臓ペースメーカーなど)に妨害を与えない
 3.多チャンネル:
 隣接チャンネル間はもちろん同一チャンネルでも干渉の心配がなく、許認可も不要
 4.高速・大容量
等の利点を持っています。このため、光無線ネットワークは次世代のネットワークとして期待されており、そのためのハードウェアの実現が求められています。
 ハードウェアには、信号伝送媒体の光ビームの受光と発光の方向を通信相手の方に向けるビーム制御機能が要求されます。従来、このような光無線ネットワーク用の光ビーム制御機能は、半導体レーザー等の発光デバイスと機械的な駆動機構の組み合わせで実現され、実用的な方法として採用されていました。しかし、装置の規模や消費電力などが大きく応答速度も十分ではないため、モバイル通信等の小型携帯端末には適さず、しかもこのような装置では製造工程が複雑で価格も高くなるという問題がありました。
 このため、微小機械技術を導入して光デバイスの高性能化を図ろうとするMicro Electro Mechanical System(MEMS)の研究が活発化しており、これまでのところ光ファイバー通信用光路切り替えスイッチや投射型ディスプレイ用光偏向デバイスなどの研究が主流です。これらの研究においてはSiによるMEMS技術が用いられています。しかし、Siでは発光素子を作製することが困難であるため受発光素子と鏡等のビーム制御素子とを集積化して作製することができず、装置の小型化・軽量化および製造工程の簡略化による高信頼化、低価格化を達成することは不可能です。
 そこで、本プロジェクトでは、これまでATRにおいて開発してきたマイクロオリガミ(化合物半導体3次元構造の自動作製)技術[1]を用いて、化合物半導体で作られる受発光素子と鏡等のビーム制御素子とを集積化することを念頭におきながら、要素技術の確立、具体的には設計技術、作製技術、駆動技術、ならびに集積化技術について研究を進めました。

2.主な成果

2.1 設計技術

 マイクロオリガミの設計ツールとして、機械解析用-ソフトウェアANSYSと光学解析ソフトウェア ZEMAXを導入し、素子の設計を行いました。実験により得られた構造および機械的特性と、ANSYSによるシミュレーション結果とはよい一致を示しており、設計技術を確立することができました。光学的特性に関しても、ZEMAX等を用いたレトロリフレクター、方向性光検出器等の解析を進め、光学的設計技術も確立しました。

2.2 作製技術
 基本素子としてマイクロミラー、レトロリフレクター、マイクロプレートを考え、それらの作製工程の確立、歩留まりの向上を図りました。上述の設計ツールを駆使しこれまでに蓄積した作製プロセスに関するノウハウを利用することにより、所望の構造を再現性よく得る技術を確立しました。さらに、本技術の広範囲な応用可能性を示すために、谷折りの構造だけでなく山折り構造も併せ持つ素子の試作が可能であることも示しました[2]
 一方、作製時の歩留まりに関しては、ウェットエッチング後の乾燥過程で半導体薄膜が基板に貼りついてしまう現象と、蝶番部分の膜厚の誤差が歩留まりに影響を与えていることを明らかにし、これらの問題の解決のためには、前者に対しては洗浄液を凍結乾燥する方法の採用、後者に対しては蝶番部分の精密膜厚制御が有効な対策であることを見出しました。また、デバイスの形状に認められた緩やかな湾曲が性能に対する制約になることが懸念されましたが、補償層を導入することで解決し応用の可能性を広げることができました。
 さらに、マイクロオリガミの応用デバイスとして、 4象限光検出器とマイクロプレートとを集積化した方向性光検出器を考案し、その設計と試作を進めました。4枚のマイクロプレートを歩留まり良く基板に垂直に直立させるセルフロッキング機構を考案し、所望の構造を試作することができました。

2.3 駆動技術
 駆動方式としては、静電、光の2方式を検討しました。
 静電方式では、静電力により駆動するための電極等を備えた可動ミラーを試作し、その駆動実験を行い、低電圧での駆動が可能であることを確認しました[3]。また、レーザー光を可動ミラーに照射することによりミラーを偏向させる方式を考案し、駆動のデモンストレーションを行いました[4]。光方式は、動かす角度は小さいが、配線が不要で非接触で駆動できるという特長を持ち、光で光を制御する全光学的素子への発展の可能性を持っています。

2.4 集積化技術
 集積化は、Siをベースとした他技術では実現することが困難であり、「光無線LAN用光源一体型光ビーム制御素子」における最大の特長でもあります。これまでにマイクロオリガミとLEDとを集積化した素子の設計を行うとともに、2種類の素子を作製するプロセスの検討を進め、集積化素子を実現しました(図1[5]

3.おわりに
 ビーム制御素子を化合物半導体で作製することを可能とするマイクロオリガミ技術の長所を活かした発光素子、受光素子、ビーム制御素子を集積化したデバイスを実現する研究について述べました。今後は、集積度の向上に向けて個々の素子をより微細化してゆく研究や一層の高速化、大容量化をめざした研究とともに、マイクロオリガミ技術を他の多くの分野に適用することをめざした研究も進めて行きたいと考えています。

参考文献