夢の超高速無線通信インフラストラクチャ
− 光ファイバで電波を集配信するシステム構想 −



1.はじめに
 かつて免許を持つ者だけが認可を受けた装置でのみ可能であった無線通信が、携帯電話や無線LANとして急速に一般ユーザにも使われるようになりました。これは、地球の裏側や宇宙の彼方を狙うのではなく、「セル」という限定された範囲でのみ電波を使う技術が急速に発展しているためです。本稿ではセルラーシステムの夢とされた「いつでも、どこでも、誰とでも」に「何でも」を加え、超高速で通信する多数のユーザを収容できるシステム容量を持ち、サービスエリアを広域に展開しても現実的な価格でビジネスが成立するような無線通信技術について考えてみたいと思います。

2.超高速無線通信に必要な技術

 「何でも」伝送するためには広い周波数帯域が必要となるため、空間を限定するセル方式で対処します。各ユーザは広帯域な無線チャネルを占有できるので超高速通信が可能となり、同一の周波数を空間的に繰り返して使うことで多数のユーザを収容できます。干渉を及ぼす範囲が空間的に限定されていれば法律で規制する必要もなく、誰でも利用できます。つまり「飛ばない電波」を使うということです。一般的には出力を下げるのですが、周波数が60GHz近辺のミリ波と呼ばれる電波は大気中の酸素分子の吸収により指数関数的に減衰するため、距離の2乗に反比例する通常の電波と比較して急速に減衰し、「飛ばない」用途に適しています。最近電波法が改正され、59GHzから66GHzの7GHzもの帯域にわたって免許不要な使用法が設定され[1]、広帯域で飛ばない電波を一般ユーザが気軽に使えるようになりました。
 「いつでも、どこでも」の広域サービスを実現するには、「飛ばない電波を飛ばす?」必要があります。空間を飛ばすとせっかくの利点が無くなってしまうため、超低損失(0.2dB/km)・広帯域(〜10THz)な光ファイバに閉じ込めて伝送する方法が研究されており、ファイバ無線(Radio on Fiber、ROF)と呼ばれています。最後は、ビジネスを成立させるための低コスト化技術ですが、幹線系ではなく、各ユーザに直接アクセスするための技術では非常に重要になってきます。

3.ファイバ無線を用いたシステム構想
 図1に超高速無線通信インフラストラクチャとしてファイバ無線技術を利用した移動体通信システムの構想を示します。制御局/無線基地局/ユーザ端末の3階層で構成され、制御局とそれに属する無線基地局はファイバ無線リンクで、無線基地局とそのエリア内のユーザ端末は60GHzのミリ波リンクで接続されます。ユーザ端末は60GHz近傍の数GHzもの帯域を占有して無線基地局とギガビット級の超高速通信が行えます。しかも、60GHzの電波は前述のように飛ばないため、100m程度離れると同じ周波数が再利用できます。街中に多数配置される無線基地局は、ミリ波信号と光信号の相互変換のみを行う簡単な装置として、低コスト化を図ります。光信号に変換されたミリ波信号は遠方にある制御局まで光ファイバ中を伝送されるため、他の無線基地局やユーザ端末との干渉はありません。制御局では、ユーザ端末からのミリ波信号を多数の無線基地局を介して集約してベースバンド信号に変換し、端末の移動にともなうハンドオーバやバックボーン・ネットワークとの接続などの複雑な処理を担当します。
 以上がファイバ無線技術を利用した超高速無線通信インフラストラクチャの基本構成ですが、実用化には低コスト化が重要になります。次章では最近私たちが提案している方式をご紹介します[2]

4.低コスト化技術
 まず、制御局と多数の無線基地局との接続を一本の光ファイバに多重化することでファイバ本数を削減すると共に光増幅器を共用できます。ここでは、光ファイバ通信で開発された低コストで光波長ネットワークを構成できる光アッドドロップリング構成を採用しています。制御局ではすべての無線基地局へのデータを波長分割多重し、各無線基地局では簡単な部品で特定波長の光だけを挿抜できる光アッドドロップ多重化フィルタ(OADM)で必要な無線信号のみを送受信します。つまり、制御局ではデータを載せる光の波長によって送受信する無線基地局を指定できることになります。
 次に光検出器(PD)が光電力に応答する、すなわち光波電界を2乗検波する特性を利用して、ベースバンドとミリ波間の周波数のアップ/ダウンコンバージョンも同時に行わせるフォトニックミキシング技術によりミリ波ミキサを削減します。これはちょうどミリ波周波数だけ異なる周波数で発振している2光波をミリ波ローカル光信号として用いると、アップコンバージョンの場合はベースバンド信号で変調するだけでPDからミリ波が、ダウンコンバージョンの場合はミリ波信号で変調すればPDからベースバンド信号が取り出せるようになります[3,4]
 上記2つの低コスト化法を実現するには、波長分割多重に対応した特定の波長を持つ多数のミリ波ローカル光源が必要となり、通常の方法では大きな困難がともないます。ATRではNEC光・無線デバイス研究所と共同で半導体モードロックレーザ(MLLD)によりミリ波周波数だけ異なる周波数で発振する多数の光波を一括して生成し、波長多重分離フィルタ(MUX/DEMUX)によって2光波ずつに分離した後、安価なファブリペローレーザ(FP-LD)に注入同期をかけるという構成で実現できることを確認しました[[5]。ここで、MLLDは多波長のミリ波ローカル光源として、FP-LDは波長分離後の弱い2光波のみの選択的な増幅器として、またフォトニックアップコンバージョンのためのベースバンド変調器として機能しています。本構成では波長多重数だけ必要なのは安価なFP-LDのみとなり、一層の低コスト化が期待できます。
 以上、ファイバ無線システムの光伝送および制御局部分の低コスト化についてご紹介しましたが、無線基地局の低コスト化についてはCRLおよび大阪大学で研究されており[6]、システム全体の低コスト化について共同で研究を始めています。

5.まとめ
 超高速無線通信という夢を実現するには、周波数的には広い帯域を占有するため、空間的に広いエリアを占有しないための「飛ばない電波」を上手に使う技術が必須となります。「飛ばない電波を飛ばしたい」という矛盾した要求に応えられるのが、無線信号を光ファイバに閉じ込めて伝送するファイバ無線技術であり、本稿ではそれを応用した超高速無線通信インフラストラクチャ構想の一例と実現の鍵となる低コスト化技術についてご紹介しました。有線系ネットワークの著しい高速化に無線系ネットワークが取り残されないように、一層の研究開発の進展が期待されます。

参考文献


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