適応アンテナを用いたアドホックネットワーク



1．はじめに
　近年の移動無線通信システムの発展によりいつでもどこでも通信が可能になってきました。しかし、これらの無線通信は、携帯電話の基地局や無線LANのアクセスポイントなど通信を制御するインフラを必要とし、カバーエリアにも制限があります。今後更に無線通信を便利なものにするには、インフラが整備されていない場合でも複数ユーザ間の通信をサポートすることが必要で、そのニーズに答える一つの形態が、アドホックネットワークと呼ばれるものです。
　アドホックネットワークは、一時的に集まった端末同士で構成され、基地局などのインフラによる集中制御が不要なシステムです[1]。端末自体がルーティング機能を持ち、端末間で直接通信（シングルホップ）するだけでなく、他の端末を経由して通信（マルチホップ）を行うことにより任意の端末分布状況に応じた自律分散ネットワークが構成されます（図1）。
　私たちの研究室では、ある特定の目的の通信を行うために集まったユーザ同士が、伝搬環境やユーザの移動・参加・離脱などの様々な動的環境変化に自律的に対応できる適応的な通信システムの実現を目指して研究しています。

2．WACNet
　私たちは、アドホックネットワークの考え方を一歩進めて、何らかの共通のベースをもって一時的に集まった不特定多数の人達で形成されるコミュニティの中でデータ通信をサポートするネットワークをワイヤレスアドホックコミュニティネットワーク（WACNet:Wireless Ad-Hoc Community Network）と名付け、環境に適応した通信ネットワークのプラットフォームとして提案してきました[2]。このようなネットワークは、今後のユーザ用携帯データ端末の進展に伴って、例えば、国際会議、大学キャンパス、競技場やシアターなどの娯楽施設など、同種の目的を持って集まった人達の間での各種コミュニケーションのトリガーになるものと考えられ、以下の特徴を持っています。
（a） スケーラビリティ（端末数の増減に対してもネットワークが対応可能）が高い
（b） 資源（周波数、電力）の利用効率が高い
（c） ネットワークへの自由な参加と離脱
　これらを、空間・電力効率の良い端末用適応アンテナ、またアンテナの特性を生かしたアクセス制御やルーティングを搭載することにより達成することを目指しています。

3．適応アンテナ（ESPARアンテナ）
　適応アンテナは、ビームとヌルの方向を適応的に制御し空間的な周波数利用効率を高める技術として現在注目を集めていますが、アンテナ素子毎にRF回路を設けビーム制御を行うため回路規模や消費電力などに問題があります。
　ATRで検討しているESPARアンテナ（Electronically Steerable Passive Array Radiator）[3]は指向性制御が可能でRF系回路は一つで済むため低コスト低消費電力であり小型化も容易で、アドホックネットワークを構成する各端末が伝搬環境に適応的に対処することができます。

4．アクセス制御とルーティング
　適応アンテナをアドホックネットワークで活用するためには、上記の端末への適用の他に、アクセス制御とルーティングが課題です。固定基地局などのインフラ側が通信先へのルート設定を行うセルラー網と異なり、アドホックネットワークはルーティング機能を持つ端末自体が適応アンテナを使いながらルートを決定し更に中継端末などの移動にも対処する必要があります（図1）。
　そこで、可変ビームアンテナをユーザ端末に搭載した場合に、その特性を生かしたルーティング方式としてATR（Angle-SINR Table Routing）方式を提案しました[4]。まず各端末が周囲の端末分布状況を知るため360度ビーム走査し、どの方向に端末が存在するかをSINR（Signal to Interference and Noise Ratio）により把握すると同時に（Angle-SINR Table作成）、宛先端末・隣接端末・ホップ数で構成されるルーティングテーブル（RT）を更新します。データ送信・中継時には、まず自分のRTから宛先端末名をキーとして隣接端末名を検索し、Angle-SINR Tableから隣接端末名をキーとして最大SINRとなる方位角を検索し、その方位角にビームを形成して送信します。Angle-SINR Tableに基づいて常にホップ先のみにビームを向けてルーティング行うため他の端末への干渉量が減り、システム全体のスループットが向上します。また、テーブルは定期的に更新し、端末の移動・参加・離脱に対応します。
　このAngle-SINR Tableを活用し、現在通信中の端末を妨害することがないよう新たな通信時の指向性を制御する適応的なアクセス制御方式[5]や端末間の通信品質を考慮したルーティングプロトコルについても検討を進めています。

5．アプリケーション
　アドホックネットワークにおけるアプリケーションとして、物理的な端末の振る舞いをサービスと連携させるために接続履歴からサービス履歴を構築することが考えられ、CoCoNUT（Contiguous Communication Network on Ubiquitous Transmission）フレームワークとして提唱しています（図2） [6]｡
　CoCoNUTは、ノード同士の近接がトリガーとなり過去の接続履歴に応じて通信を自律的に行う接触型通信で、スポット的に散在するアドホックネットワーク間の通信にも活用できるものです。アドホックネットワークは一時的に構成されるネットワークですが、会議場や展示会場などでの再現性は高く、それらの場所に応じたノードを設置すれば、例えば会議場への参加履歴（接続履歴）に応じて参加者が会議場へ近接したときに自発的に位置に応じた通信を行うことができます。更に、あるノードが会議場への訪問履歴のある別ノードに情報伝達を委託する、あるいは、既定ルートを巡回するバスなどが所定ノード（バス停）との接近により情報流通・委託を行う、などによりアドホックネットワーク間の通信を実現します。

6．むすび
　適応アンテナを活用したアドホックネットワークと、アプリケーション例について述べました。現在、要素技術の実証に向け装置を開発中であり、適応アンテナを活用したアクセス制御とルーティング方式について更に検討を進める予定です。

参考文献

Copyright(c)2002（株）国際電気通信基礎技術研究所