
−人間情報通信研究所プロジェクト終了
プロジェクト終了におもう
これから旅立つ若い研究者へ……
東京大学大学院 情報学環 教授 原島 博
ATRの研究所も一つの区切りを迎えようとしている。筆者も昨年55歳になった。昔であったら定年の年である。だからと言うわけではないが、折角の機会でもあるので、筆者が日頃自分に言い聞かせていることを述べてみたい。一部は過去に某冊子に記したものであるが、ATRから旅立つ若い研究者へのはなむけとしてまとめ直してみた。多少なりともご参考になれば幸いである。
まずは、研究者としての心得から。研究をおこなう上で、最も大切なことは新鮮な刺激を受け続けることである。そのためには、まず
(1) 一流の研究者と接すること が重要である。一流の研究者には、必ず学ぶべきことがある。研究内容だけでなく、研究態度、人との接し方、さらには人生観や世界観に至るまで、すべてが対象となる。
このような機会はどのようにすれば得られるのであろうか。答えは簡単である。学会のシンポジウムや研究会などに積極的に出席して、
(2) 他流試合をやること
である。発表すべき研究があればもちろんのこと、なくても質問や討論、さらに懇親会などに参加して相手に顔を覚えてもらうことが重要である。学会の雑用も、一流の研究者と接する好機であると考えれば、励みになる。
もちろん他流試合は、自分の研究をアピールする好機である。その際に大切なことは、
(3) 研究発表にコストと時間をかけること
である。研究は世界中の研究者に知ってもらわなければ意味がない。例えば一億円かけた研究も、最後の段階で、研究発表に費やす時間とコスト(海外発表の旅費も含めて)を節約しては、もともとの研究そのものが無駄
になってしまう。
当たり前のことであるが、研究テーマの選び方も重要である。これは、研究のフェーズによって異なり一概には言えないが、筆者はまず
(4) 自分しかできない研究をやる
ことを心掛けている。自分の研究室しかできない研究と言った方が厳密かも知れない。原島研“も”やっている研究ではなく、原島研“が”やっている研究をやりたいと思っている。これは言い換えると
(5) 競争がシンドイ研究はやらない
ことであり、もう少しはっきり言えば「アメリカがやっている研究はやらない」ことにもなる。正直言って、アメリカがリードしている情報通信分野では、これはかなり難しい。しかし考えようによっては、世界中の優秀な研究者と競争するよりは、まだ荒らされていない新しい研究分野の方がずっと楽であり、研究テーマも豊富である。そして、
(6) 新しいテーマは5年は頑張る
ことも重要である。何事も本気にならなければ結果はでない。もし、5年間感動が続けば、そのテーマは本物である。逆に5年やって感動がなくなったらやめたほうがよい。
まだまだ言いたいことはあるが、この位にしておこう。なお、ここで述べたことは筆者が自分に言い聞かせていることであって、実行していることではない。なかなか実行できないから、自分に言い聞かせているのである。