
−人間情報通信研究所プロジェクト終了
プロジェクト終了にあたって
脳コミュニケーションと感性脳機能の研究
−人工脳の創出と感性脳の解明に向けて−
(株)ATR人間情報通信研究所 第六研究室長 下原 勝憲
1.脳コミュニケーションのための進化システム
コミュニケーションの意義を“お互いの想像力や創造性を喚起しあうこと”ととらえ、コミュニケーションの中枢である脳と同様に、自律性と創造性に富む新しい情報処理系の創出を目指した研究を行った。そのために、人工生命の考え方や進化的方法論を導入して、自ら変化・成長・進化する機構をシステムに持たせることにより、自ら情報を生み出す創造性や自ら判断する自律性といった機能の実現を図ることとした。即ち、進化システムとは、自発的あるいは相互依存的に変化を創りだす機構とそれらの変化をシステムとして調整・統合していく機構に基づき、新しい機能や構造をシステム自らが獲得・形成していく情報処理系のことである。
2.ソフトウェア進化
プログラムを進化の媒体とするのがソフトウェア進化である。突然変異と自然淘汰をモデル化した仮想世界において、自己複製プログラムが自律的に多様化・複雑化する。そのようなプログラム進化の可能性を探るため、ネットワークを環境とするソフトウェア進化モデル(ネットワーク・ティエラ)を提案した。具体的には、日・米・英・スイス・ベルギーの5カ国、百数十台のワークステーションをインターネットで結ぶ国際実験系を構築し、進化実験を行った。その結果、センサ機能の組織分化など複雑化に向けた進化を確認できた。
3.人工脳創出に向けたハードウェア進化
再構成可能なハードウェアを用いて、情報に依存してハードウェア構造を進化的に創り出すハードウェア進化のコンセプトを提案した。その具体化として、3次元セルオートマトン空間にニューラルネットをハードウェアとして発生・成長・進化させるセルオートマトン型人工脳モデルを構築した。さらに、そのモデルを汎用のFPGA(Field
Programmable Gate Array)を用いて実装したセルオートマトン型人工脳実験装置(CBM:CAM-Brain Machine)を試作した(図1)。その結果、総計でニューロン数が7,500万の超巨大なニューラルネットを構築できることを確認した。
4.感性脳機能としてのハイパーソニック
こころよさ、おもしろさなどポジティブな情動を必須の属性とする脳のはたらきを「感性」とらえ、感性のすみかである脳の機能に科学的にアプローチする感性脳機能の研究を行った。人間の脳・神経系に訴える感性情報(音響・映像)を合理的に生産する手法を創出することを目指して、メディアから供給される電子的な視聴覚情報が脳におよぼす影響を生理学的に評価する手法を研究した。大きな成果として、自然音に含まれる可聴域上限(20kHz)をこえる高周波成分が、脳深部の血流と脳波α波パワーを増大させ、共存する可聴音をより快適に知覚させるはたらき(ハイパーソニック効果
)を持つことを見いだした(図2)。