実世界指向コミュニティウェアを目指して



1.はじめに
 オフィスや学校でのコンピュータネットワークの普及は、目標を共有するグループの共同作業を支援するシステム、つまりグループウェアの研究のきっかけとなりました。最近の世界規模のコンピュータネットワーク(インターネット)の広がりやモバイルコンピューティング技術の発展により、(時間的、空間的、心的に)もっと広く分散した人々の間でのコミュニティ形成、興味や知識の共有、社会的活動等を支援するためのシステム、つまり、コミュニティウェアの研究が盛んになりつつあります[1]
 そこで私たちは、人々が知識交流するために実際に行き来する場としての博物館や研究所公開に着目し、そこでの利用を想定した展示ガイドシステムの試作(Context-aware Mobile Assistant Project; C-MAP)を行っています。ここでは、私たちが開発している展示ガイドシステムを紹介し、興味を共有する人の集まり(コミュニティ)の中での出会いや知識コミュニケーションを促進するための私たちの試みを紹介します。

2.C-MAP展示ガイドシステム
 プロジェクトC-MAPの目標は、1)展示会場において、見学者一人一人のコンテキスト(場所や時間といった状況や、個人的興味)に応じた個人ガイドを提供し、2)展示見学をきっかけとした、興味を共有する人々の間の出会いや情報共有を支援するシステムを構築することです。
 図1に現在のC-MAP展示ガイドシステムの概観を示します。システムは基本的に、展示の背後で展示情報やユーザ(見学者/展示者)の情報を蓄積・伝達している情報ネットワークと、各ユーザが携帯するガイドシステムで構成されます。展示会場には複数の展示ディスプレイと情報キオスクが設置され、ユーザは手元のガイドシステムとそれらを赤外線リンクで接続することでネットワーク上の情報にアクセスします。以下、個別のシステムの概要を説明します。

2.1.携帯ガイドシステムによる個人ガイド
 私たちの最初のプロトタイプ[2] では、無線でLANにつながった携帯パソコンを見学者に貸し出し、その上でパーソナルなガイドシステムを提供しました。またユーザのコンテキスト情報の獲得には、赤外線を用いた位置検出デバイスや、システム上でのユーザによるキーワード選択、ユーザの見学履歴等のデータを利用しました。
 現在私たちは、より実用的な携帯ガイドの試作を目指して、PDA(Personal Digital Assistant)型の端末と据え置き型の展示ディスプレイ/情報キオスクを利用した構成で実装を進めています(図2参照)。ユーザの個人情報(ユーザID、見学履歴、興味の対象等)はPDA内に管理され逐次更新されます。展示ディスプレイの前にPDAを向けると両者の間に赤外線リンクが確立し、ユーザの個人情報が選択的にPDAから展示ディスプレイに渡され、展示ディスプレイはその情報に応じて展示情報を加工し表示します。例えば、ユーザの興味や理解度を推定して展示情報の提示内容を変えたり、それまでに見学した他の展示との関連を説明することが可能になります。
 PDAが展示ディスプレイと赤外線リンクするたびにユーザの見学履歴は更新され、それにともない、PDA上のガイド情報(次に見学するべき展示の推薦等)が更新されます。現在は、各展示ディスプレイがガイド情報のためのシナリオデータベースを持ち、ユーザの現在の見学履歴に応じて加工し直したガイド情報をPDAに返送する、という方法で実装しています。

2.2.参加型展示の個人化
 ガイドシステムが蓄積したユーザのコンテキスト情報を利用することで、見学者参加型の展示を個人化することができます。例えば、ユーザの興味に合わせて展示デモの内容を自動的に切り替えたり、PDA上のガイドキャラクタが展示デモの画面に乗り移って説明をすることができます[3]

2.3.コミュニティネットワークの可視化
 展示会場やオンラインによるシステム利用によって獲得・蓄積されたユーザのコンテキスト情報を構造化することでコミュニティネットワークを構成し、興味を共有するユーザの間の出会いを支援することができると考えています[4] 。ここで言うコミュニティネットワークとは、展示への関わりに応じて結び付けられた人の集まりを表す概念です。ここで「展示に関わる」とは、その展示の展示者であるとか、その展示を見学して深い興味を持つことなどを意味します。
 具体的には、展示、見学者、展示者の三者をノードとし、展示と見学者/展示者の間の関連度に応じてそれらのノードを結合したネットワークを構成・可視化し、コミュニティへ公開します。各ノードには展示や展示者に関するホームページや、自動生成された見学者の見学日記ページがリンクされます。
 コミュニティネットワークは、オンラインによるアフターサービスとして提供することに向いていますし、会場におかれた情報キオスクで時々刻々成長していくコミュニティネットワークを提供することで会場での見学者同士の情報共有を促進することも可能だと考えます。

3.おわりに
 私たちの展示ガイドシステムは、「展示」という知識空間の中での人と知識の間のダイナミクスを創出することを意図しています。その目標を実現するために、実空間としての展示会場における見学行動と情報空間における情報探索が互いを強化し合うような仕組み作りを試みています。今後は実際の博物館や展示会を対象としたシステムの試作を続けるとともに、もっと日常的な場面(例えば、オフィスや街)へ開発対象を展開していく予定です。

参考文献


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