デザインの未来― モノと人の関係について ―



1.はじめに
 たまごっちは,なぜ爆発的に流行ったのでしょうか。
 プリントクラブは,根強い人気がありました。
 携帯電話は,急激に普及しました。
 インターネットは,急速な広がりを見せていました。
 資金やモノが市場を支配する時代が終わり、人々の好みが市場を決める時代になったと言われています。モノを創るということが、以前にも増して使用する人々に向かなければなりません。インターネットを多くの人々が使っていくためのコンテンツの必要性が叫ばれていますが、このことと呼応しています。
 それでは、人々はどのようなモノ・サービスを好み,
  どのようなモノを受け入れるのでしょうか。
 さらに、人々はモノに対し
  どのようなイメージを持ち,
  どのように評価し,
  どのように,使うか使わないかの判断に結び
  付けているのでしょうか。
 私たちは、過去の技術の延長線上で将来の展望を持つ傾向があります。この研究では、どちらかと言えばモノ(システム)側の研究に身を置いてきた私たちが、人とモノとの密接な相互作用に眼差しをむけることによって、新たな技術の展望が開けてくるのではないかと考えています。

2.共同作用としての機能

 どんなモノが好まれ使われていくのでしょうか? そんなことが分かれば苦労は無いという声が返って来そうですが、この問題をこんなに簡単に片付けて良いものなのでしょうか。従来、人に詳しい議論、たとえば消費者心理学では、モノをひとまとめにして扱います。一つひとつのモノの中身を見つめようとはしません。他方、モノ創りの側では丁度反対のことが起こります。
 私たちは、モノと人を対等に扱いデザイン(設計)されたモノが一人ひとりの人間にとってどのような意味を持つのかという―モノと人の関係―を包摂したデザインの枠組みを考えています。単にモノを消費する終端(消費者)にユーザーを設置するのではなく、ユーザーもデザインの主要な要素と位置づけることが、従来と異なる私たちの出発点です。私たちはモノと人が共同して,人に与える影響  
を機能と呼びます。この枠組みでは、どのようなモノが好まれるのかについてもデザインの問題となります。たとえば、後で触れますが、携帯電話の若年層における急激な普及の原因は持ち運びできる便利さ(=モバイル性)ではありません。
 従来の機能という言葉は、使われ方を説明する時に用いられて来ました。「携帯電話の機能は電話を持ち運んで使えるようにしたこと」という具合です。ところが、使われ方に捕われた視線は、モノを使う人の心の内で生じる心象について顧みません。
(A)「ケータイしてると親出ないしグッドなんだけど,
  お金がなくなっちゃって水着が買えないの。」という女子高校生の呟きを取り上げましょう。これは、彼女が携帯電話を実際に使って行く(=共同作用)中で発見した、携帯電話の彼女にとっての良い面・悪い面です。持ち運べるという従来の機能説明から便利さは見えても、彼女が実感している「親を電話に出させない」有り難さには到達できません。

3.コミュニケーションツールの利用イメージ
 従来の視線からは、モノと人との関係を捉えられません。その関係は固定的なものではなく、利用時間とともに変化して行くことを具体的な例を通して見てみましょう。
 私たちは、女子高校生を主な対象として、コミュニケーションツールの利用に対するアンケート調査を実施しました[1-4]。アンケートでは、各々のツールの利用を継続する場合と中止する場合の理由を選択肢から複数を回答します。
 継続する場合では、非継続に比べツール間の関係は複雑になってきます[2,3]図1で、特にポケットベルの利用イメージは特徴的です。これは次のようなシナリオに沿っています。携帯電話やPHSと同様に、「便利」からスタートします。「便利」自身は明確な目的を持っていないのでコンテンツ不在であって、そのままでは不安定です。まず、ビジネスマンにより実用性が認められ「便利」から「必要」に至ります。次に普及と価格の下落からより多くの人の目に触れます。この時、たとえば一般の女性にとっては元の「便利」そうなものです。その後、個人の生活の中で具体的な意味が発見されて、別のイメージが生じます。このように、再び「便利」を出発点として新たなイメージが生まれては離れて行きます。その結果、ある種のビジネスマンにとって必要なポケットベルと、女子高校生にとって楽しいポケットベルとに変化しています。

4.「楽しい・面白い」の利用イメージ
 先ほどの継続と非継続は、ユーザーの判断の結果です。私たちがモノのデザイン戦略を建てるうえで、非継続に比べモノを引き続いて使う継続理由を探ることがより重要です。さらに、必要なモノが行き渡り好みが市場を決める今日、図1の「必要」に比べ「楽しい・面白い」の利用イメージがより個々のユーザーを対象とするデザイナーに取っての関心事ではないでしょうか。
プライベート性
 「楽しい・面白い」は、個々のユーザーの内で生じるプライベートな事件です。携帯電話やポケットベルが若年層に爆発的な人気を得たのは、持ち運びの便利さだからではありません。2章の女子高校生の呟き(A)のように、個人のプライベートな領域へ直にアクセスしてくるからです。携帯電話以前では、女子高校生は家の電話を使わずに公衆電話に走っていました。
 また、プリントクラブでは、共に写真をとることで創り出されたプライベートな世界が小さなシールとなることで公共空間内に他人に露出しないプライベートな領域が創られます。こうして、プリントクラブは写真よりも個人に近づきました。
機能の時間化
 「楽しい・面白い」のもう一つの手がかりは、時間です。テレビゲームがその例の一つです。たとえば戦闘シーンでは、画面でのユーザーのキャラクターは戦闘相手が動くと、ユーザーキャラクターも反応して動いて行きます。ユーザーと戦闘相手は一体となります。つまり、モノの動きとユーザーの動きが時間を同じくして重なって行きます。「モノと人の関係」が他のモノに邪魔されない様相で現れます。これを機能の時間化[1]と呼んでいます。たまごっちもこの例の一つです。この機能の時間化を通して初めて人がモノと向き合い、それらの間で共同作用が開始します。
 一方「必要」では、人がモノを継続して使って行くかどうかがその人と他の人達との関係で決まることがしばしばです。たとえば、親が使用者である子供に携帯電話を持たせる場合がそれに当たります。実際の利用者である子供と携帯電話との関係が、親という第三者によって強制的に生み出されています。

5.ユーザーからのデザインの戦略へ
 これまで、アンケート調査という一つの舞台を設けてモノと人間の関係について考察してきました。デザインは、分析や説明に終止することがその目的ではありません。将来の市場をイメージし、それに対して私たちが関係するモノの的確な戦略を建てることです。物理学や数学は法則や定理という時代を越えて成り立つ普遍性を持つがゆえに、それらは法則や定理と関係した未来の事象に対して予測する力があります。人を相手にするデザインの戦略は、そのような性格ではなく、社会状況に応じて適応するようなコンティンジェンシー1なものとなります。
 それでは、これまでの分析を通してどのような戦略が得られたのでしょうか。私たちは、冒頭で述べた「人々の好みが市場を決める」傾向はますます拡大して行くと考えています。モノやサービスに「楽しい・面白い」という働きを生じさせることが重要だと考えています。プライベート性と機能の時間化の二つがデザインの戦略[1]の主要な要素です。
 この結論は、主に女子高校生を対象にアンケート調査を通じて得られたものですが、女子高校生に限らず有効であると考えています。この戦略を巧く展開すれば、新たな人とモノとの関係を築いて行けることでしょう。

参考文献


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