Meta-Museumの実現を目指して
1.はじめに
Meta-Museumという言葉は、私たちが提案する新しい博物館像を表す造語です。では、仮想博物館あるいは電子博物館などとはどのように違うのでしょうか。これらは一般に、展示物に関する情報だけでなく、展示されるモノそのものもデジタル化され、コンピュータの中にだけ存在する「博物館」を指しています。
それに対してMeta-Museum[2]
は、従来の博物館と仮想博物館とを統合したものであると言えます。従来の博物館では、実体のあるモノに備わった魅力が見学者の知的好奇心をくすぐり、モノそのものやそれらによって構成される展示を理解したり、さらに高度の知識を獲得しようとする原動力になってきました。このような利点を生かしつつ、
見学者が自分の興味などに応じて主体的に情報にアクセスし、学び、体験できる場として、さらに、学芸員と見学者が互いに意見を交換しあい知識を共有できる場として、Meta-Museumを機能させることを目標としています。今回は、Meta-Museumのコンセプトに基づいて開発したVisTAシステムとVisTA-walkシステムについてご紹介します。
2.VisTAシステム
VisTA (Visualization Tool for Archaeological data) システム[1]
は、古代の集落遺跡の変遷過程をシミュレーションするシステムです。考古学データは時空間の多次元データであり、一つの遺跡から発掘調査によって得られるデータは膨大な量です。これらのデータを駆使して、一つの遺跡全体の時間的、空間的な変遷の様子を詳細に復元することは専門家にとっても非常に困難です。そこでVisTAシステムは、発掘調査によって得られた遺跡の地形データと出土した土器や建物跡のデータをあらかじめ入力しておき、これらのデータを基に研究者一人一人が個々の建物の種類や存続年代を設定することで、変化の様子をリアルタイムに
3次元コンピュータグラフィックス(CG)によって視覚的に確かめられるようにしました。これによって、集落遺跡の時間的変化についての仮説を可視化しながら検証でき、仮説の時空間的な側面での無矛盾性を高めることができます。3次元CGによって復元された集落の中を“歩き回る”ことも可能であり、過去の景観について直観的に知ることができるようになります。
発掘調査によって得られた建物や出土品に関するデータは、WWWで標準的に使用されている文書形式のHTML形式で格納されており、情報を得たいオブジェクトをクリックするだけで、一般的なWWWブラウザに表示されます。WWWブラウザを利用しているため、他の組織が持つデータにネットワークを介してアクセスできるように拡張することも容易です。
3.VisTA-walkシステム
VisTA-walkシステム[5]
は、基本的にはVisTAと同等の機能を持つシステムです。しかし、VisTAが主に専門家の研究支援を目的としているのに対し、VisTA-walkは主に博物館での展示の一つとして非専門家が利用することを想定しているため、ユーザインタフェースが異なります。なぜなら、不特定多数の人が訪れる博物館では、展示内容の理解に集中しやすく、直観的で操作が容易で、壊れにくいインタフェースが必要とされるからです。そこで、VisTA-walkシステムでは、仮想空間のウォークスルーやオブジェクトの選択と情報検索を制御するインタフェースとして、利用者の身振りを採用しました。
利用者の身振りの認識には1台のカメラを使用します。170インチのスクリーンの中央上部に設置されたカメラが利用者の映像を捉えます。この映像が画像認識プログラムに送られ、腕の上下、立つ、しゃがむといった利用者の姿勢と位置を認識します。これらの身振りは、スクリーン上に写し出された復元集落内を歩き回るためのコマンドと、建物を選択して情報を得るためのコマンド、そして視点を変更するコマンドの3種類にマッピングされます。表1に、身振りコマンドの一覧を示します。
図1は、VisTA-walkを操作している様子です。ここでは、利用者が片手を上げてオブジェクトの一つである住居を選択しています。そして、この住居に関して発掘調査で得られた情報がスクリーンの右上のウィンドウに表示されています。
なお、博物館展示におけるユーザインタフェースとしての有効性を評価するために、被験者実験を行っています。その結果、特別な装置を装着する必要がなく、臨場感があり、操作が容易なインタフェースとして大スクリーンと身振りインタフェースが適していることが確認されました[4]
。
4.パーソナルガイドエージェント
VisTA-walkシステムを利用して、見学者は自分の思うままに復元された仮想集落内を歩き回ることが可能になりました。しかし、十分な専門知識を持たない見学者にとっては、見所を紹介するなどのガイドが必要な場合もあります。そこで現在、仮想空間内を案内してくれるマルチモーダルなパーソナルガイドエージェント[3]
の研究を進めています。
VisTA-walkでは、見学者一人一人が自由自在に歩き回れるようになったのですから、案内も見学者一人一人に応じて適切に行うべきです。そのため、見学者ごとに「パーソナルガイドエージェント」が同行し、仮想集落内の案内をします(図2参照)。ここで問題となるのは、どのような情報を用いて仮想空間内の案内をすべきかという点です。見学者それぞれの興味や、これまでに見学してきた展示、見学中の反応などをまとめてその見学者の「コンテキスト(context)」と呼びます。パーソナルガイドエージェントは、実空間に存在する展示を見学中のコンテキストを自動的に検出し、これに基づいて、どのような案内をすればよいかを決定します。このようにすることで、見学者の自由度を確保しつつ、かつ一人一人に応じた適切できめ細かな案内が行えるようになります。
5.おわりに
VisTA-walkシステムは、Meta-Museumの実現までの1ステップに過ぎません。今後も様々な側面から、学際的研究を進めていく予定です。なお、VisTA-walkシステムは大阪市にあるNTT情報文化センタにて常設展示中です。ぜひ一度ご自分の目で、そして身振りで、体験なさってください。
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