かってにネットワーク



1.情報機器ネットワークの爆発
 高度情報化社会の発展にともない、様々な機器が自由自在に繋がって情報を交換し、共同の作業をする時代を迎えつつあります。
 身近な例として、より高度なマルチメディアネットワークが張り巡らされた“一般の家庭”を想像してみましょう。このような環境では、情報の入手・交換を受け持つインターネットの機能がより強化され、手軽にテレビ画像や料理番組で放送されたレシピ等を手元の携帯情報端末に取り込むことができるでしょう。また、家電を含めたあらゆる機器のネットワーク化が進めば、テレビの料理番組で放映されたレシピ等を、直接、電子レンジのメモリに取り込み、より簡単に利用できるようになるかもしれません。
 このように、家庭の全ての機器がネットワークで結ばれ、さらに、そこで交わされる情報の一部が、インターネット等を通じて、地球の裏側やスペースステーションにまで伝えられる“未来(図1)”が、遠からず訪れようとしています。

2.ネットワーク形成の難しさ
 上述したように、今後、あらゆる階層で、ネットワークは、より大規模に、かつ多様になるでしょう。しかし、一方で、その変化にともなって、通信トラヒック(情報の流れ)の混雑や通信方式の不適合性等、ネットワークの“自由さ”を妨げる様々な問題もさらに増加するものと思われます。現在、情報機器の高速化等で、この問題を解決しようとする動きもありますが、このような対策だけでは不十分です。なぜなら、一般的な意味における機器の高性能化は、情報量のさらなる増加を招くためです。
 そのため、この問題を根本的に解決するには、機器の高性能化と併せて、アドレスの割り当てや通信方式の切り替え等の通信プロセスを、周囲の状況に応じて、より柔軟にかつ動的に制御すべきです。また同時に、制御系の負担を軽減するために、各プロセスにおける必要な資源の割り当て等を自動 (or 自律) 的に行ったり、プロセス自体を分散したりするための新しいネットワークの形成法を探索する必要があります。

3.自律ネットワーク形成 −中継点をさがせ!−
 新しいネットワーク形成に必要な条件をより明確にするために、多数の独立した中継点 (or 中継器) から成る典型的なネットワークを考えてみましょう。仮に、それぞれの中継器が固定された一つの送受信モード(ここで言うモードとは、信号を出す方向、波長、コード等、様々な信号形態のことを意味します)しか有していないケースでは、任意の中継点を結ぶネットワークリンクの形成は非常に難しく、フレキシビリティが極端に低下します。一方、図2に示すように各中継器が、
 a 信号を受信したモードと異なるモードで送信できる、つまり、モードを変えて送信できる能力を有する。
 s 受信モードと送信モードの切り換えを行う能力を有する。
 d 自律的にモードを探索する能力を有する。
という仮定を置くと、遠く離れたり、モードが一致しなくて直接に情報の伝達ができない点も、間に他の中継点を介することで、容易にリンクを形成することができます。
 このように、上記(1)〜(3)に示すような”多様化を許容するような新たな能力”の獲得が、今後の情報機器のネットワーク形成には不可欠であると言えます。

4.多言語伝言ゲームのアナロジー 
 上述したネットワークリンクの形成問題は、ある意味で、様々な言語を用いて多数の人々が情報を伝える“伝言ゲーム”に例えることができます。自分が理解できる言語で呼びかけがあったら、次には、自分が話すことのできる多くの言語で近くの人に呼びかけて、伝言を伝えます。これを繰り返すことにより、直接会話のできない人々の間での情報伝達もスムーズに行うことができます。言い換えれば、前章のa〜dは、この伝言ゲームを、より自由にかつ柔軟に成立させるための条件を技術的に表現したものとも言えます。
 また、この伝言ゲームのアナロジーを、さらに詳しく分析することにより、中継器に必要な他の“重要な能力”を導き出すことも可能です。通信要求がない状況でも、中継器が“たまに”信号を出すことによって、その周囲に新たなリンクを形成したりする能力もその一つです。理論的な予測より、実際に通信要求が生じた場合、このようなネットワークリンクの“ある種の揺らぎ”が、多段リンクの素早い形成に役立つことが分かりました。

5.自律適応カオスデバイス
 ここでは、上記のモード探索とリンクの揺らぎを、どのように実現するのかについて言及します。
 現在、我々の研究室では、これらの機能の実現には、多様な状態を取り得るカオス現象等の応用が適していると考え、まず、ネットワークの構成要素であるデバイスにこれらの機能を付与する研究に取り組んでいます。具体的には、空間光通信を想定し、中継器に替わるデバイスとして、前述した機能を取り入れたレーザや光学結晶デバイスを提案し、その動作解析や原理検証を進めています[1-2] 。これらのデバイスでは、多様な信号を放出して周囲の状況を探索するために、光の波長や伝搬方向が、弱いカオス状態で揺らぐとともに、わずかでも信号が伝わり、送信と受信のモードが一致すれば、この揺らぎが収まり、適したモードが選択的に固定されます。言い換えれば、カオスを利用したデバイスでの適応モードの選択は、生体が有する複数の行動モード(潜在的なモード、または学習の結果で修得したモード)の中から一つ適当なものを選ぶ機構と類似しているとも考えられます[3] 。また、これらカオスデバイスで構成されるネットワークでは、“将棋倒し的”に多段の通信経路が形成されるため、そのネットワーク形態は広義の意味におけるモードロック現象に類似しているとも考えられます。
 ATRは、このカオスデバイスの研究分野において、これまで先駆的な役割を果たすとともに、いくつかの成果を上げてきました[4,5] 。 特にカオス現象を利用したレーザや電気-光変調器での光信号発生に関しては、その提案のみならず、実験的アプローチによる動作原理の確認も行なってきました。 その研究において、物理レベルの揺らぎを利用した適応モード選択の可能性を示し得たことは、通信システムにおける適応能力の強化や制御回路の簡略化に繋がる重要な成果として位置付けることができます。

6.ユーザの「かって」と機器の「かって」
 ここまでネットワークリンクの“ある種の揺らぎ”が自律的なネットワーク形成に必要であることを、例を交えて説明しました。しかし一方で、視点を変えると、この揺らぎの効果によるモードの組み合わせや中継点の選択等は、ユーザにとっては“どうでもいいこと”であり、ネットワークまたはデバイスの「かって」にすればの類ということもできます。
 そのため、将来のネットワーク設計において重要なことは、いかに、ユーザの使い勝手とネットワークの自由度をリンクさせるのかいうことに尽きます。特にユーザの多様性を許容するならば、ネットワークにも今以上の自由度を許す必要があります。もともと、通信においては、最終的に必要なユーザに信号が伝わるように、モード選択等には、“ある意味の力学的な圧力”がかかっているため、その圧力を最大限に活かして“何があっても繋がろうとする”ネットワークを構築する意義は非常に大きいと言えます。このようなネットワークにおいては、当然のことながら、デバイス群が「かって」に接続等を担うため、ユーザにとっては多様な情報機器を利用することが、さらに簡単になります。結論として、本当に自由なネットワークは様々な「かって」がある程度通用するものであると言えるかもしれません。

参考文献


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