


疲れない立体ディスプレイを目指して
−正しいピント調節を再現する立体表示−
(株)ATR知能映像通信研究所 第五研究室 志和 新一、宮里 勉
1.立体ディスプレイとは?
本物を見ているのと同様の奥行き感をもって、近くにあるものはディスプレイの手前に飛び出し、遠くにあるものはディスプレイの奥に引っ込んで表示されます。そのような立体ディスプレイは、仮想現実(バーチャルリアリティ、VR)の世界を表現する上で欠かせない技術とみなされています。
立体表示には多くの方法が知られています。その中でも特に有名な方法は、「両眼視差」を与える方法です。両眼視差とは、両眼で奥行きのある物体を見たとき、左右の眼にはわずかにずれた画像が見える現象のことです。すなわち両眼視差を使った立体表示とは、この現象を逆に利用して、左右の眼に意図してずれた画像を同時に見せることにより、人間に立体感を感じさせる方法なのです。
両眼視差による立体表示を行うには、普通の2次元ディスプレイに同時に2枚の画像を表示するだけでよく、テレビジョンなどの従来のシステムとの相性がよいため、いろいろな装置がすでに市販されています。液晶メガネや偏光メガネをかけて見る立体ディスプレイや、頭にかぶるHMD(ヘッドマウンテッドディスプレイ)、さらにメガネなしで見ることのできるレンティキュラディスプレイなどが両眼視差式ディスプレイの代表的なものです。
2.立体ディスプレイにおける眼の疲労
両眼視差を使った方法は、このような優れた点がある一方で、大きな問題の或ることも知られています。それは、現実の世界にあるものを見るときには、左右の眼に視差が現われるだけでなく、見ているものの距離に応じて眼のレンズのピント調節が大きく変化しますが、これら両眼視差式ディスプレイでは表示された画像自身にピントを合わせなければならないことから、眼のピント調節はディスプレイ面の付近に留まらなければなりません。
現実のものであれ、両眼視差による立体ディスプレイであれ、近いものを見るときは左右の眼の向きは互いに内向きに、遠いものを見るときより平行になります。また、左右の眼の向きが内向きになったときには眼のレンズを膨らませて近いものにピントを合わせるようになり、左右の眼の向きが平行になったときには眼のレンズを薄くして遠いものにピントを合わせようとします。日常の眼の動きにおいては、この2つの関係は連動しているため、遠いものと近いものを交互に見るような場合でも、あまり時間遅れがなくピントの再調節ができるわけです。ところが従来の両眼視差式ディスプレイでは今言ったようなピント調節の変化を許しません。したがって、たとえばディスプレイ面よりずいぶん手前に飛び出た物体を見ているときに遠くを見ているかのようなピント調節をしなくてはならず、このような不自然な眼の動きを強いられることが立体画像を見たときの眼の疲労につながると考えられています。
3.ピント調節を正しく再現する立体表示
そこで次のような方法で、現実世界を見るときと同じように見える立体表示を考案しました。まず観察者の見ている場所(注視点)をディスプレイに知らせる仕組みを設け、またディスプレイに注視点の距離にディスプレイ位置を前後に移動させる機構を設けました。そうすれば観察者が何かを見れば、そのときディスプレイの物理的な面が常にその見ているものの距離に移動しますから、ピント調節が正しく変化することになります。したがってこの注視点の検出とディスプレイの移動をできる限り時間遅れなく行うことにより、眼の疲労を少なくすることが可能となります。
注視点の検出には大きく分けて2つの方法が考えられます。1つはコンピュータグラフィック(CG)画像の奥行きデータをそのまま利用する方法です。2つ目は、観察者の視線の向きを検出する方法です。1つ目の方法では、観察者に見せる左右の視差画像に加えて、両眼の中間の視点から見た第3の視野の中央画素のz-buffer値[注]を追跡して、それを観察者の注視点とみなします。すなわちディスプレイを見ている人は、つねに見たいものを視野の中央に入れようとする、という性質を利用するものです。一方、視線を検出する2つ目の方法では、2台の視線検出器をそれぞれ左右の眼の視線検出のために設け、両眼の視線の交点を注視点とします。この方法は装置が大型化する欠点はありますが、画像の内容にかかわらずどんな場合でも注視点を検出できる特徴があります。
次に、ディスプレイを前後に移動する方法ですが、パソコンのCRTモニタに代表される大型のディスプレイは、重量が大きいため素早く動かすことは困難です。そのためここではディスプレイの虚像を動かす方法を考案しました(図1)。この方法は、ディスプレイまたはディスプレイの実像を凸レンズで覗き込む構成を使って、ディスプレイ(または実像)を前後に動かすものです。この構成ではビデオカメラのビューファインダに使われているような超小型のディスプレイでも使えるため、ディスプレイの大小に関わらず高速で動かすことができます。またディスプレイの実像を使う構成では、覗きレンズの遠方に配置した大型のモニタの画面を、中継レンズを使って覗きレンズの付近に小さな実像として結像させます。そして中継レンズ自身の前後移動により、ディスプレイの実像を前後に移動させます。このような虚像を移動する方法のもう1つの特徴は、ディスプレイ面の移動がレンズによって増幅できることです。すなわち覗き用凸レンズの焦点距離の長さ(これは数mmにすることも可能です)だけディスプレイを移動させると、虚像は0から無限遠の範囲まで動きます。
4.ディスプレイの試作による原理確認
図2は試作した立体ディスプレイの構成を示したものです。2台のワークステーションで作成した高精細なCG画像を17インチの大型CRTモニタ(2台)に表示しました。観察者は2個の覗きレンズをとおして立体画像を見ることができ、マウス操作により仮想世界を動き回ることができます。虚像位置を20cmから10cmまで移動させるのに必要な時間は0.3秒以下であり、焦点調節と連動させるのに十分な速さがあることを確認しました。
5.疲れない立体ディスプレイを目指して
試作したディスプレイを使って、焦点調節と中継レンズ移動を連動した表示と、中継レンズ位置を固定した従来の表示モードを比較する実験を進めた結果、提案した方法では立体画像のピントが合いやすい、融合しやすい、等の特徴のあることが確かめられています。
今後は、これらの特徴が疲労改善に及ぼす効果を調べるとともに、HMD等の小型の実験機を作成して、提案した方法が仮想空間操作の優れたインタフェースとなるよう、改善を進めていきます。