プロジェクト終了にあたって




(株)ATR通信システム研究所 代表取締役社長 寺島 信義



 「知的通信システムの基礎研究」に関する試験研究プロジェクトは、基盤技術研究促進センターおよび民間の出資企業のご支援の下、1986年4月から10年間のプロジェクトとして発足しました。爾来10年が経過し、間もなく終了しようとしています。
 この間、2度にわたり、基盤技術研究促進センターより中間時技術評価をいただき、評価委員の先生方より高い評価をいただいたところであります。プロジェクト終了にあたり、これまでの研究活動を振り返るとともに今後の展望などを述べることとします。

1.研究テーマ
 21世紀の高度情報社会を展望したとき、われわれの生活にとり、情報通信サービスが益々重要な役割を果すに違いありません。
 情報通信サービスが、われわれにとってなくてはならないものになればなるほど、誰にでも使い易いヒューマンフレンドリーな高度なサービスが求められます。そこで本試験研究では、このような視点から、使い勝手の良い高度な情報通信サービスを提供するための要素技術となる「知的通信システムの基礎研究」を行うことを目的としました。このようなシステムを実現するために、中核となる次の4つのサブテーマをとりあげ研究を行うこととしました。
(1)ソフトウェアの自動作成(2)臨場感通信会議への知能処理の応用
(3)臨場感通信会議のための画像処理等の信号処理
(4)セキュリティ

2.研究のシナリオ
 高度情報社会に向けた「知的通信システム」の実現を目指して、以下のシナリオで研究を進めました。
(1)ソフトウェアの自動作成の研究
 高度情報社会の多様なニーズに応えるため、その基盤をなす通信サービスの高度化、多様化が求められています。通信の非専門家が通信サービスを記述し、動作を確認し、既存サービスとの矛盾を検出できることなどを目標に、ソフトウェア作成の上流工程に焦点を当て研究を進めました。
(2)(3)臨場感通信会議のための知能処理応用、信号処理の研究
 高度情報社会の構築に向け、画像処理などのマルチメディア処理が重要な役割を果たします。
 この実現のため、遠隔地にいる会議参加者が一堂に会している感覚で、会議をしたり、共同作業することができる環境を提供する「臨場感通信会議システム」という新概念を世の中に先駆けて提案し、これに的を絞って効率的に研究を進めました。
(4)セキュリティの研究
 高度情報社会において、情報の機密保持は重要な課題であります。この実現のため重要な役割を果たす暗号技術、機密漏洩検出技術に的を絞り、効率的に研究を進めました。

3.具体的な研究成果

 10年間研究を進めることで、種々の紆余曲折はあったものの、当初まだ開発されていなかった技術が具体的にわれわれの手の中に入るところまできました。これらの成果の主なものをサブテーマ毎に示します。
(1)ソフトウェアの自動作成の研究
 図形、言語などを用いて仕様を記述するだけで通信サービスが定義でき、その結果をアニメーションで確認できる技術、新規サービスが導入された時、既存のサービスとの矛盾をチェックし、矛盾があればそれをユーザに知らせる技術、ソフトウェアを対象マシンに合わせて自動的に生成する技術等で成果が得られました。そしてこれらの技術を取り入れたプロトタイプシステムを構築して、それらの有効性を検証することができました。
(2)(3)臨場感通信会議システムの知能処理応用、信号処理の研究
 三次元立体視のためのレンティキュラーシートを用いた眼鏡なし立体表示技術、仮想物体を操作したり、物体の衝突を検出するための手振り認識、衝突検出技術、非装着形の視線検出技術、人物像表示のための人物像の実時間認識・生成技術等で成果が得られました。そしてこれらの要素技術のいくつかを統合した臨場感通信会議システムを構築し、その有効性を検証しました。
(4)セキュリティの研究
 データベースシステムを対象とした情報漏洩の検出技術、ネットワークのセキュリティモデル技術、高速暗号、素因数分解技術などで成果が得られました。

4.研究の効果
 3項で記述したような最先端の技術が生み出された結果、学会、マスコミ、雑誌等から注目され、多くの招待講演、取材、表彰などを受けることとなりました。
 学術的にはソフトウェアの自動作成の先進的研究が契機となり1993年1月に電子情報通信学会に「通信ソフトウェアの新しい方法論」に関する時限研究会が発足し、わが研究所はこの中で大きな役割を果しています。また今年10月には通信サービスの競合検証に関するIEEE主催のフィーチャイタラクションの国際ワークショップもATRに招致し、成功を収めました。
 臨場感通信会議システムのプロジェクトについては、IEEEのROMAN(ロボットと人間のインタフェースに関する)国際会議、ACCV(アジア地域のコンピュータビジョン国際会議)等で主導的役割を果たすところまできました。また、昨年のITU全権委員会議(京都開催)の展示会において臨場感通信会議システムを展示し、皇太子殿下ご夫妻のご来臨をいただき好評を博しました。
 さらに学会の論文賞や注目発明表彰などで、高い評価をいただいています。
 そして注目すべきは、例えばわれわれが世界に先駆けて提唱した「臨場感通信会議システム」の概念と、その具体的提示は、内外を問わず専門家の高い評価をいただいたことであります。
 このように「世の中にない概念の提示とその実践」を万人が認めてくれるということは、当たり前と言えばそれまでですが、身をもって体験できたことはプロジェクトに携わるわれわれにとって大きな励みとなりました。

5.今後の展望
 現在、終了に向け、成果のとりまとめに全力を尽くしているところであります。成果のいくつかは、これまでの活動の結果として産業界への移転が図られつつあり、今後とも成果の普及につとめATRの役割の一端を果たしてゆきたいと考えております。
 このプロジェクト研究において、前述しましたように、当初未開発の技術が開発され具体的な姿を現してきました。これらの概念やそれを実現する要素技術は、学術的または産業応用的に大きな役割を果たしてゆくものと思います。この試験研究で研究してきた要素技術が、将来の高度情報社会の構築に大いに貢献することを期待しています。さらに本試験研究を発展的に展開し、新分野を開拓することを目的に、今年3月に設立された(株)ATR知能映像通信研究所に対しても引続きご指導、ご鞭撻賜わる様お願い申し上げます。
 最後に、この10年間変わらぬご支援をいただいた基盤技術研究促進センター及び出資企業の関係者のみなさん、ご指導いただいた、内外の諸先生方はじめプロジェクトの関係各位のみなさんに深甚の謝意を表し、ご挨拶といたします。