先端技術の研究開発に対する期待





早稲田大学 理工学部 教授 堀内 和夫



 ATRは、その4研究開発会社毎に大きな目標を定め、それぞれについて効果的な最先端技術の研究開発を目指している。設立の基本理念および機構、発足後の実績から、それが滞りなく達成されることが期待できることは喜ばしいことである。
 ところで、どのような最先端の技術でも、まず初めは、その基となった過去の技術の実績としての果実から採れた種子から生長したものである。その種子が苗床にまかれ、そこで芽生えて育った苗が、あらかじめ十分に耕された肥沃な田畑に植えつけられ、注意深く間引き・剪定の上、肥料を施されることによって良い枝葉や花芽だけが育成され、最良の結実が期待されてきたものに違いない。
 高度な先端技術を獲得するためには、最良の種子や苗を入手すること、最良の苗床や田畑を用意すること、最善の育成技術を注ぎ込むこと、が必要不可欠である。良い種子や苗は、過去の実績の果実に直接依存するから、これらを自ら創り出すには、その基となる学問・技術の実績が、既に基礎として備わっていなければならない。また、良い苗床や田畑は、先端技術を育成するのに最も都合のよい場として用意されるべきである。一方、良い育成技術は、必要な新材料の開発、技術的問題に対する反省と改善とを含めて、最も効果的な方法で適用されるべきものである。
 これらの実績を最も効果的に挙げるためには、海外産の種子や苗に頼り、育成に必要な新材料を輸入し、育成技術さえも海外技術の模倣・改良に大きな努力を注ぐことも、重要な作業として等閑にはできないと思われる。しかし、基本的には、自らの実績による果実から次の種子を採取せねばならないし、苗も自分で育てねばならない。最良の苗床も田畑も、最善の育成技術も、すべて基本的には、自らの実績の上に構築して行かねばならない、と考えるべきである。この立場では、先端技術の開発の基盤が、自らの創造力・独創力によって身に着いた科学的知識による支援を受けている自分自身の技術力にあることは明らかであろう。
 研究開発の業務が、特定な目標に対して効率的な成果を実際に挙げることができたとしたら、それは、これまでに何代にもわたって歴代先進の研究者が営々辛苦の末に作り上げてきた結実を、現在、幸いにも収穫している立場にあるわけで、それがまた、次世代技術への種子になる、という輪廻の一齣の役を果たしているのである。このような学問・技術の系譜の中で、ATRに期待できる研究開発とは、どのようなものであろうか。あまりにも収穫だけにこだわらない体質が、この研究所にも育って欲しい、と心から願っている。