CTRとATR
東京大学 生産技術研究所 教授 安田 靖彦
米国は基礎研究が、我国は応用研究が得意であると言われる。それでは、研究に関する限り両国が協力すれば、ほどよい棲み分けあるいは分業体制が出来上がり、世の為人の為に結構なことではないかとも思われるが、事柄はそれ程簡単ではない。
米国では多くの重要産業において、日本を始めとする外国勢に追いつかれたり後れをとりつつある要因の一つは、大学が工学の研究教育に重点を置いてこなかった為ではないかとの認識が生まれている。この為、全米科学財団は最近大学を拠点とする工学研究センターの設立を助成することにした。この工学研究センターは大学と産業界の交流を活発化し、大学の研究者や学生が工学研究を行ったり、工業教育を受けることを促進する目的をもっている。1985年に始まったこの制度で既に14センターが設立されるか準備中である。NSFは各センターへ平均年間200万ドル程度を援助し、これとほぼ同類の援助を企業から期待している。この工学研究センターの一つに、コロンビア大学に設立された通信研究センター(Center
for Telecommunications Research:CTR)がある。同センターは通信理論やネットワーク理論で著名なM.シュワルツ教授を所長として、教官20名(既設学科と兼任)、研究員10名、大学院学生40名他のメンバーからなっている。NSFから年間300万ドルの援助を受けているが、数年後には500万ドルとすることを計画しているので、工学研究センターの中では大規模なものと言ってよかろう。このセンターは広い意味でのサービス総合ディジタル網、ネットワークシステムに関する新しい概念の創出、通信用VLSIのアーキテクチャ、マイクロエレクトロニクス、光デバイス並びに解析手法等を研究対象にかかげており、究めて現実的目標に絞っている。
従来、電気通信に関する組織的研究はベル研究所等の民間研究機関で行われ、米国の大学では個々の研究者が主として理論研究を行う例はあっても、このような組織的にプロジェクト研究を推進するのは初めてのことである。
一方、我国では基盤技術促進研究センターの出資を得て、昨年3月に発足した国際電気通信基礎技術研究所ATRは、通信研究センターCTRと比べると、一方は民間組織、他方は大学という相違はあるものの、ともに電気通信に関する将来技術の研究を既存の研究機関だけに任せてはおけないという共通の発想によって生まれたように思う。ATRは設立後1年半程度とまだ日は浅いが、優れた研究環境を整えると共に、広く各方面から優秀な人材を集め、4つの研究会社は既に着々と研究成果を挙げている。
電気通信技術の近年の発展は確かに目覚ましいものがある。これ迄の電話に加えて、ファクシミリ、ビデオテックス、テレテックス、テレライティングあるいはパソコン通信等のテレマティークサービスやビデオコンファレンス等の非音声系メディアが使用できるようになった。また、移動体通信の発達によって車の中から自動車電話で用件を片付けることも可能である。さらにサービス総合ディジタル網の建設が始まり、近い将来単一のユーザインタフェースでこれらの各種サービスを利用することができるようになるであろう。
しかしながら、電気通信技術のゴールはまだ誰にも見えていない。これからしなければならない仕事は無限である。ATRがその発展の途上に大きな足跡を残されることを期待して止まない。