通信は今…
ATR通信システム研究所 代表取締役社長 山下 紘一
ATRが発足して間もない1986年4月26日、ソ連のキエフ市にほど近いチェルノブイリ原子力発電所で原子炉火災が発生した。壊滅的な事態にはたち至らなかったが、多くの人命が失われ、また重度の放射能汚染が国境を越えて遠く広がる等、深刻な問題が残った。巨大科学技術が否応なく人類を巻き込んでいく中で、それの懸念される一面が垣間見えたことに強い印象を覚えたが、それはさておくものとする。ここで興味を引くのは、事故の発表の中に、ソ連がスウェーデンや西独に対して、火災を起こした黒鉛炉の鎮火法について緊急助言を求めたとあることである。当然、電気通信によってであろう。
それは、厚い政治の壁を通してか細く交わされた、冷静を装う情報取り引きであったろうか。それとも、現場と助言者を結び、刻々と迫り来るものへの危機感を共有して人類の叡知を結集しようとする、意思疎通への絶体絶命のあがきであったろうか…もしそうであったとしたとき、現在の電気通信はどのような力を発揮できたであろうか。
分秒を単位として推移する事態を前に、助言者達は、的確な状況判断のためのどのような情報を得ることができたであろうか。多方面にわたる専門知識を的確に伝えるために、それらはどのように、目に耳に、訴えられたであろうか。慣れない言葉が思わぬ行き違いを生むということはなかったであろうか。対策案を自在に交換し検討するための、多対地・広帯域の通信回路は直ちに確保できたであろうか…さぞかし、もどかしい思いをしたことであろう。
「チェルノブイリ」は、二度と起こりようもない、例外的な異常事態であって欲しい。しかし、電気通信の高度化に対する欲求は、日々の身近かな活動の必要の中からも、抑えようもなく高まって来るであろう。