ATRへの期待
京都大学工学部 教授 長尾 真
日本の電気通信に関する技術が世界の最先端にあることは事実であろう。しかし、これからの情報化社会における真の情報通信、情報処理のシステムに関する技術ということになると、そう安心してはいられない。未知の分野に対するほんとうに創造的な基礎研究が必要なのである。そして、それはハードウェアよりはソフトウェア、さらにはコミュニケーションの主体となる人間の研究に向かわざるをえない。コミュニケーションとは何かをあらゆる面から研究しその特性を明らかにし、情報装置、情報システムの満たすべき要件を明らかにしなければ、“21世紀の情報化社会”という理念は幻想に終わってしまうだろう。
個人同志、個人と集団、集団と集団のコミュニケーション、異なった国民、民族間のコミュニケーション、年令の違いによる種々のコミュニケーションのモード、さらには人間と機械との間のコミュニケーションなど、いずれをとっても人間の知性と感情が非常に微妙かつ複雑に交錯した形で行われるものであり、こういったコミュニケーションの橋渡しをするシステムの構築は容易なことではない。徹底した人間研究を行う必要があろう。
幸にも、こういった研究の重要性が国および民間に広く認識され、こういった分野の研究のために国際電気通信基礎技術研究所が設立され、順調に研究が開始されたことは大変うれしいことである。与えられた研究課題は非常に広く深い内容のものであるから、しっかりとした基礎研究をすることが大切である。
感情にまでメスを入れた人間行動の研究や、言語とその自動翻訳の研究、知的通信システムの研究などをスムースに行ってゆくためには、高度な研究環境を整備しなければならない。特にこういった複雑きわまる人工知能分野の研究を推進するためには、それを支えるソフトウェアそのものの研究をしっかりと行うことが必要である。そして全世界との自由な通信を実現するための光電波通信の基礎研究が進められねばならないのである。
いずれにしても、このような基礎的な研究は関係する他の研究機関との密接な協力によって進めることが不可欠である。国内の大学・研究所はいうにおよばず、国際的な研究協力は欠くことのできないものであり、そういった活動を通じて世界全体のために貢献してもらいたいものである。国際電気通信基礎技術研究所の将来に期待する。