ATRへの期待





日本電信電話株式会社 常務取締役 研究開発本部長 城水元次郎



 20世紀も余すところ13年になった。21世紀の社会は、どのような形で我々の前に展開するであろうか。
 今から100年前、19世紀末の人達も同じことを考えたに違いない。パリでは機械文明を象徴するようにエッフェル塔がそびえ、ニューヨークでは白熱灯が電気の時代の到来を示していた。それらを見て、人々は科学、そして工業技術の進歩が、自分達の生活に多くの変化をもたらすと考えたに違いない。
 彼等の予想通り、あるいはそれ以上に、科学の進歩は陽のあたる面でも、また蔭になる部分でも、20世紀の社会の変化を支配した。現在、21世紀を指呼の間にのぞんで、社会と科学技術はさらに深い関係にある。いや、多くの人達は自分達の社会の将来に多くの不安を持っているのではないか。そして、僅かに明るい兆しを技術開発に託しているのではないだろうか。
 19世紀の技術開発は発明家あるいは大学の個室から生まれてきた。これに対し、現代の開発が企業化されているのは、それなりの社会的要請があるからである。技術開発の中心も19世紀のエネルギの活用を主体としたものから情報の活用に移っている。
 国際電気通信基礎技術研究所−ATR−の発足をとりまく社会的な背景を私はこのように見る。そしてこの認識のもとに、21世紀につながる希望の使徒としての役割を果して欲しい。
 研究開発という革新を造ることを企業化したのは、かのエジソンが創始者であると言われている。企業であることを明確に宣言し、産業界、官界、学界の協力をベースにしたATRの展開は、研究開発のあり方について、一つの試金石を投ずることとなろう。一つの新しい伝統が木津川のほとりに創造されることを期待したい。
 私共のNTTとその研究開発部門は、ATRを自分達の分身と考え、その設立に協力してきた。今後とも、互いに競いながら日本の基礎研究の振興に努めることとしたい。