開発室の3年間を振り返って




(株)国際電気通信基礎技術研究所 企画部開発室長 内山 公昭



1.設立経緯

 研究開発支援と研究成果販売の2つの事業を目的に1992年2月に事業企画を開始しました。当初はATRの子会社としての設立を考えましたが、最終的には、ATRの新組織として生まれることになり、企画部の中の専担組織とし、「開発室」と名付けました。準備期間中に、ATRグループ会社間の契約ルール作り、ソフトウェア開発要員の採用を行い、プロパー1名、出向者8名、客員1名の計10名で、1993年4月1日から業務を開始しました。
ご協力頂いた出資企業をはじめ関係各位の皆様にお礼を申し上げます。

2.業務展開

 開発室のスタート時点での業務の柱を、(1)研究成果の世の中への展開・橋渡し、(2)研究ソフトウェア開発支援、(3)研究インフラネットワーク管理、としました。以下、これら3点を中心に振り返ってみます。

(1)研究成果展開
 ATRでは、音声・対話データベースを開発室発足以前から販売して、外部から高い評価をいただいており、開発室がこの業務を引き継ぎました。他に開発室で取り上げた以下の2つの成果展開があります。
(a)ATR Hearing School
 パソコン用の英語学習ソフトの商品化にあたって、楽しく継続してもらう学習方法の実現に一番苦労しました。点数をつけて能力向上が数値でわかるようにすればどうだろうということで、ストーリを考えました。学校に入学して、だんだんに難しい問題へと学習を行い、最後に卒業試験を行って合格点以上で卒業ということにして、「ATR Hearing School」を商標登録申請しました。試作品完成後、60名ほどの方のご協力をいただき、モニター試験を実施し改良を行いました。改良版に対しモニターの方から「これなら人に勧められる」との評価をいただき、1994年7月販売にこぎ着けました。
 何度か新聞等にも取り上げられ、70歳くらいと思われる東京のご婦人から、「どこへ行けば試聴できるか?」の電話があるなど、世の中へのATRの知名度向上に貢献できていると実感しました。
(b)頭部・眼球運動分析システム
 視覚機構研究の過程で得られた「眼球運動によるアルツハイマー病等の脳疾患診断への応用」という全く新しい知見を活用して、我が国の今後の高齢化社会の進展に対応し社会福祉の向上に貢献するとの観点からアルツハイマー病等の早期診断を可能とするシステムの製品化を行うことにしました。現在、医療分野での使用に対応した開発・検討をメーカの協力を得て進めているところです。

(2)研究ソフトウェア開発支援
 設立直後、ATR各R&Dに対し開発室の業務紹介と研究ソフトウェア開発のニーズ把握及び商品発掘を行いました。「基礎研究にとっても研究業務と研究ソフトウェア開発支援は車の両輪」、「ATRグループとしてのソフトウェア・ノウハウの蓄積が大事」と各研究所からの手応えが有り、まず地道に実績作りから着手しました。
 1995年度からは、システム開発的業務も開始しました。我々の業務は、要素技術をソフトウェアで具現化するのが仕事であり、色々な研究・事業に技術が再利用できることを目指して、質・量ともに拡大を図っていきます。

(3)ネットワーク管理
 ATR設立当初から、ネットワーク知識の豊富な研究者の多大な尽力の下に、ネットワークの運用管理が進められておりました。開発室設立当時、ATRでは、常時40名以上の外国の研究者が滞在しており、研究者が共同研究等で外国研究機関にアクセスする機会も多い状況でありました。まず、この内外接続におけるアクセスの高速化と容易さを目指し、各研究所にゲートウェイサーバを置き、負荷を分散させ、研究所にあった接続形態とセキュリティを確保しました。当初、WIDE(Widely Integnated Distributed Environments)ネットワークに64Kbpsで接続していましたが、その後、光加入者回線増設を経て1995年1月から384Kbpsへ高速化しました。この高速化を機に、WWW(World Wide Web)サーバを設置して、4月から情報発信を始めました。

(4)科学技術セミナー開催
 1993年9月、ATR科学技術セミナーをスタートさせました。セミナー開催の目的は(a)ATRを中心とする当該分野の研究者の討論・意見交換の場の提供、(b)関西文化学術研究都市でのATR先導のネットワーク作り、(c)ATR支援に対する大学や出資企業への還元、です。当初、人間情報科学シリーズから開始し、1994年から光電波科学、音声言語処理技術、1995年からメディア科学のシリーズもそれぞれ追加して、1996年1月で40回になりました。参加者も平均90名程度あり定着してきており、セミナー開催目的が達成されつつあるものと考えています。

3.主な開発室商品

〔ATR Hearing School〕

 ATR視聴覚機構研究所の「外国語音声知覚学習」の研究成果に基づいた科学的英語学習プログラム
 日本人の不得意な〔r, l〕〔b, v〕〔s, th〕〔z, th〕〔母音〕の聴き取りを徹底強化。自然に英語の音韻聴き取り能力が向上する。MacintoshとWindowsに対応。最近のATRの研究では、聴き取りの学習により発音も向上することが確かめられている。

〔頭部・眼球運動分析システム〕
 頭部運動と眼球運動を同時に計測し、頭部・眼球の個々の動き、並びに両運動から計算により視線を求めることが可能なシステム。
(a)移動指標を追跡する視線の解析、(b)固視微動のドリフト成分のフラクタル解析を行うことができる。頭部・眼球・視線の運動から、その特徴的な動きを解析することにより、アルツハイマー型痴呆症など、頭部・眼球運動の制御に関連する脳機能研究への応用が可能。

〔音声・対話データベース〕
 音声データベースは、多数の話者による単語や文章の発話を収集した。1987年の発売以来、多くの大学や企業の研究所等で、標準的なデータベースとして使用されている。
 対話データベースは、日本語と英語の対応する対話テキストを納めたバイリンガルなデータベース。

4.今後の展望

 オブジェクト指向の考え方に代表されるように、研究用ソフトウェア、データを自分たちの研究に再使用・拡張できることを念頭において作成していけば、世の中の研究市場にとっても有用な財産になるものと考えています。この考えに基づき、開発室は以下の業務展開を行い、ATR各R&Dに高度な研究環境を提供し、また、各研究機関に有用な財産を広く使っていただけるよう努力していく決意です。
(1)ATRの研究内容の変化に応じた、ネットワーク環境の高速化、外部接続ネットワークの使分け等の企画・運営。
(2)ATRの研究を支援する研究用ソフトウェアの作成及びシステムの構築。
(3)ATRの研究材料・素材等の研究用コンテンツの商品化促進及び販売。
(4)ATRの研究成果を使ったシステム開発、商品開発の企画提案・実施。