


NICTプロジェクトを終えて
元ATR適応コミュニケーション研究所所長
現 日本データ通信協会
ATR波動工学研究所客員研究員
小宮山 牧兒
3年3ヶ月のNICT民間基盤技術研究促進制度受託課題「自律分散型無線ネットワークの研究開発」が、今春3月31日を持って終了した。このプロジェクトは、途中打ち切りとなったKTCプロジェクト「環境適応通信の研究」の研究課題の中から、無線アドホックネットワーク(以下、アドホックNW)を取り上げて中心課題に据え、デバイスからネットワークまで同課題に対する基盤となる技術の構築を目的に発足した。
プロジェクト開始当初は、アドホックNWの研究は米国を中心にセンサーネットワークの話題等と共に隆盛になり始めた時期で、それに特化した国際会議が開催され始めてからまだ間もないという状況であった。
大学を中心にシミュレーション研究が大勢を占めていたが、無線ネットワークに特有の干渉、マルチパスの問題をシミュレーションで解決するには限界があり、本プロジェクトでは、テストベッドによる実証実験を中心に技術課題を明らかにすることに重点を置いた。特に、当所で独自に開発した小型簡易指向性可変アンテナ、エスパアンテナを用いたシステムによる実証をプロジェクトの大きな柱の一つとした。指向性アンテナは、アドホックNWの鍵となる技術として注目されているが、実験例は、現在でも軍関連で僅かに報告されているのみである。
指向性アンテナを取り入れたシステム試作には、物理層からネットワーク層まで横断的な技術を必要とし、また、対メーカ折衝のようないわば泥臭い業務に取られる時間が多くなり、論文への結びつきも少ないことが予想され、さらに試作費もかさみ、方向を定めるまで研究体制をめぐり苦心した。プロジェクト後半は、車車間通信応用を想定して研究を進め、昨秋のATR研究発表会で、3ホップでビデオ画像の伝送をデモできるまでに到達した。
アドホックNWにおいて、ノード数が多くなった時のネットワーク動作の解明も大きな技術課題である。理論グループが中心になり、IEEE802.11b無線LANカードを装着した40台以上のPCとPDA混在の大規模アドホックNWにおいて、ルーティングプロトコルに改良を加えることにより、高品質なVoIP(Voice
over IP)通信を実現し、学会でも大きな注目を浴びた。
アンテナ研究では、エスパアンテナの信号処理の工夫により数度以内の方向推定精度を実現した。これは、アドホックNWにおける隣接ノードの位置同定にも有益な手法となる。さらに平面型エスパアンテナの実現や、高速の指向性可変特性を活かした無線秘密鍵発生法等、エスパアンテナの特徴を活かした応用技術に成果を挙げると共に、成果展開を活発に行った。
デバイス研究では、光無線アドホックNW用光ビーム方向可変デバイスを目指し、GaAs基板を用いた当所独自のMEMS技術、マイクロオリガミ、により、マイクロミラーの集積化、電圧および光によるミラーの駆動に成功すると共に、マイクロミラーとLED集積化プロトタイプデバイスの作製にも成功した。
アドホックNWのキラーアプリケーションは、必ずしも見えていないが、アドホックNWの成果展開を加速させるため、畚野社長の進言もあり、当社技術リエゾンセンタと協力し、産官学からなるアドホックNWコンソーシアムを2003年暮れに設立した。目的は、参加メンバーが連携し、大規模なアドホックNW実験を実施し、アドホックNWを用いてどのようなアプリケーションが可能かを実験的に確かめることにある。参加メンバーは、企業14社を含む25会員となっている。これまで、実験をYRP(50ノード)及び新潟大学(70ノード)で実施すると共に、ワークショップを2回開催しており、活発な展開が期待される。
近年、アドホックNWは、ユビキタス社会の実現に向けたプラットフォームとしても注目が高まってきている。本プロジェクトは、アドホックNWの技術課題を物理層から上位層まで総合的に研究開発を進めた、世界的に見ても例の少ない、先駆的なプロジェクトであり、当初の目標は十分達し得たと総括している。
プロジェクト終了に当たり、これまで、ご指導、ご協力をいただいた関係者の皆様に心から感謝を申し上げます。