


ロボットの時代に向かって
株式会社国際電気通信 基礎技術研究所 代表取締役社長 畚野 信義
最近我が国では、ロボットへの期待感が非常に高まっている。そこで、創立以来十数年、人工知能から様々な形のヒューマン・インタフェースに至るまで、ロボットに必要な基礎研究・要素技術などの幅広い研究はもとより、いくつかのロボットを実際に創り出しているATRも、ロボットの特集号を改めて組むことになった。
経済の不振を始めとして、社会生活に重苦しい沈滞感が圧し掛かる我が国では、そこから抜け出す(ワープする)ための希望の星として、90年代頃から、科学・技術に大きな期待が掛けられているかにみえる。しかし、総論では基礎研究が重要だと言いながら、いざ金を出す段階になると、実用化・産業化・スグ役に立つもの・収益に繋がるもの・・・と本音が出てくる。いずれそのうちに、あんなに金をつぎ込んだのに、ちゃんとした成果が出ないなどということを主張し出す者が出てくるに違いない。科学・技術における我が国最大の問題は、戦後半世紀以上に亘って、国がR&Dに十分な投資をしてこなかったことである。金は決心すればスグ増やせるが、人材は急には育たない。今その半世紀の間に溜まったツケを払っているのである。
この調子では今のロボット・ブームのバンドワゴンもすぐに通り過ぎて、熱が冷めるのではないかという懸念もある。何しろ素人の私(と言うと奇異に感じる人もいるかもしれないが、実は本当)からみても、ロボットはマダマダ子供騙しのレベルにある。本当に役に立つものができるまでには、かなりの努力と時間が必要であろう。研究・開発の立場から見ると、それは大変やりがいのあることである。またやはり、ロボットには将来様々な、幅広い利用の可能性があると期待される。いやそれ以上に、今我々が気づいていないポテンシャルの方が高いのではないか、と感じている。社会と言うより、普通の人間が多数、直接係るものには、期待以上の、思わぬ効果や飛躍や展開が起こることが、最近のいわゆるITの一部(インターネット、携帯電話・・・)に纏わる様々な状況を見ると実感される。そのようなことが起こる時には、優れた技術が生き残るとは限らないという現象も出てくる。しかし、そこへ至るには優れた技術が不可欠なのである。ロボットについては、今我々はその入り口の段階にいると思われる。
ロボットを大きくメカ・ロボットとコム(コミュニケーション)・ロボットに分けると、ATRはコム・ロボットの分野で、その研究のレベルの高さはもちろん、幅の広さでも、我が国はもとより、世界でトップの位置にあると自負している。今後さらにこの分野の研究に積極的に力を入れ、その発展に寄与するため、昨年10月「知能ロボティクス研究所」を発足させた。また、人間の脳機能の解明や人工知能を中心とする研究を行う「脳情報研究所」を近く独立させる予定である。将来ロボットが様々な場面で活躍するとすれば、それはやはりメカ・ロボットとコム・ロボットの技術がより一層融合したものであろう。そのためには、外部との連携が重要である。既に幾つかの企業や研究機関との協力や共同研究を始めている。さらに、将来ロボットが人々のニーズに応え、本当に役に立つと認められ、受け入れられ、違和感無く使われ、社会に溶け込むためには、一部マニアではなく、広く人々の、敢えて言えば一般大衆の、ニーズや期待に応え、それら普通の人々が自由自在に使えるようなものにならなければならない。そのための方向を間違いなく見定めるために、ATRは大都会の、しかも人の動きの激しい場所に、誰でもが自由に気楽に出入りできるアンテナ・ラボを開くことを考えている。
私もこのロボット・ブームに一度だけ騙されてみようと思っている。