フォトニック結晶
−光を自由に操る新しい物質−



1.はじめに
 電子技術の驚異的な発展のおかげで、今日の日常生活から宇宙開発まで様々なところで電子技術が使われていないところはないくらいです。半導体の発見とその様々な物理的性質の研究により、半導体の電子集積回路ができ電子(電気)製品の機能が飛躍的に向上しました。特に近年の情報機器、コンピューターや携帯電話などの爆発的な発展は半導体集積回路技術による物だと私は思います。
 しかし、この情報化社会において、将来(すでに現在かも知れません)人と人、人と機械、機械と機械の間でやり取りされる情報量 がますます増えることが予想されます。そうなってくると現在用いている電子回路ではその情報処理能力が限界となり、新しい技術なり方法が必要になって来ます。コンピューターの分野ではもうかなり前から期待されていますが、光を用いた情報処理の技術です。コンピューターも電子回路の集積度をどんどん向上させてその性能を上げています。しかしこれもだんだんと飽和状態に近づきつつあり、その次には光コンピュータや量 子コンピュータという新しい概念に基づいたコンピュータの出現が予言されています。これらは様々なところで研究されていますがまだ実用化されるのには時間がかかるようです。
 この例のように次の技術として電子の代わりに光を用いた技術が将来の社会を支える技術として期待されています。ここで紹介するフォトニック結晶も光技術社会を支える新しい物質として期待されているものです。

2.フォトニック結晶とは?
 13年前にYablonovitch(米)[1]がフォトニック結晶という言葉を始めて使って、その特性についての論文を書きました。フォトニック結晶について簡単に説明すると、誘電率の異なる2種類の物質が波長オーダーの周期で規則正しく並べられた人工的な構造物と思って下さい。
 1次元の場合は光学素子の誘電体多層膜フィルターがフォトニック結晶に当たります。誘電体多層膜フィルターはλ/4周期で誘電率の異なる2種類の膜を重ねていく事により、光が各層の境界で反射する時の位 相条件が半周期の整数倍異なる波長は波が打ち消し合う事によって反射する波がなくなり、透過波だけが存在すると言う事を利用したフィルターです。これはフォトニック結晶の概念の1次元版と考える事ができます。この概念を2次元、3次元に拡張すると、2次元、3次元空間でのフォトニックバンド構造ができ、光の伝播を制御する事ができます。実際、自然界には2次元、3次元のフォトニック結晶構造によりきれいな色を実現している物が存在します(図1)。人工的な2次元、3次元のフォトニック結晶が実現すれば、単なるフィルター機能だけでなくフォトニック結晶に囲まれた空間に光を閉じ込めたり、光の伝播速度を伝播方向や周波数によって変えたりする事が可能になると期待されています。またこのフォトニックバンド構造の由来から結晶内で伝播速度が波長により変わる事により超短パルスのパルス整形に応用できる可能性も有ります[2]。光を使う事によって従来の電子回路では出来なかったような超高速の信号処理などが可能になると考えられます。このような制御に必要な結晶サイズは光の波長のせいぜい10倍程度と考えられ、このような結晶ができると、これまでの光の部品に使われている物のサイズを1/10以下に小さくする事が出来ます。
 また、半導体レーザーの場合にはレーザーの周りをフォトニック結晶で囲むと自然放出による発振のロスがなくなり、閾値の大変低いレーザーが実現します。これは、レーザーの消費電力を格段に減らす事ができます。
 このようにフォトニック結晶に対する期待は大きく、特にここ数年の間に半導体プロセスにおける微細加工技術が光の波長オーダーのサイズになり、フォトニック結晶の実現が夢でなくなって来た為、現在ホットに研究されている分野の1つです。

3.2次元フォトニック結晶導波路
 ここでは私達が研究している2次元フォトニック結晶の応用例として光導波路を紹介します[3]
 現在研究している2次元フォトニック結晶の構造は、将来電子集積回路との集積化も想定して、基本的には半導体と空気から成る三角格子の周期構造をしています。この結晶構造に対する光の伝播を決める分散関係(波数ベクトルと周波数の関係:フォトニックバンド構造と言う)は半導体における電子のバンド構造との類似で計算する事ができ、特定の周波数で平面内での伝播が禁止されるフォトニックバンドギャップが存在する事が分かります。図2に平面波展開法という計算方法で求めたこの結晶に対するフォトニックバンド構造を示します。影を付けた部分が光の伝播が禁止されたフォトニックバンドギャップです。この結晶で挟まれた線状の部分が導波路となります。導波路のそばに結晶の周期性を乱す欠陥を導入すると、その欠陥に共鳴する周波数の光のみを欠陥から取り出す事ができ、欠陥サイズにより光の周波数が変わることを理論的、実験的に確認しました。図3にフォトニック結晶内の欠陥から取り出される光(ドロップ光)のスペクトルを示します。
 実際の試料のサイズを見てもらうと分かるように(図4)従来の光学素子とは比較にならないぐらい小さなドロップフィルターが実現している事がわかると思います。  フォトニック結晶内の欠陥を制御、設計する事により様々な機能が発現すると考えています。

4.おわりに
 フォトニック結晶の応用に向けての研究は始まったばかりですが、日々大きく進歩しています。技術的な問題が克服され、私達が日常使う物の中に使われるようになるのもそう遠くないと思います。
 フォトニック結晶を用いれば電子の集積回路と同じような、とても小さな光の集積回路が実現できるかも知れません。
 私達はこれまでに無かった機能、用途をフォトニック結晶で実現出来るよう研究を行っています。

参考文献


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