機械によるおうむ返しのもたらす心理的な影響

1.はじめに
 人間は、言語の獲得が不十分な乳幼児や動物とおしゃべりをすることがあります。言葉はほとんど伝わらないにもかかわらず、なぜ彼らとのやりとりを楽しむことができるのでしょうか? さらに、コンピュータやロボットなどの機械が相手である場合にも同様のことが可能なのでしょうか?
 私たちは、人間が乳幼児や動物との間で形成している情緒的なつながりを人間と機械の間で実現することを目指し、そのために機械が備えるべき要素を探っています[1]。その一環として模倣というコミュニケーションの形態に着目しました[2]。ここでは、人間が自分の発した音声の大きさ・抑揚・リズムといった韻律的な特徴をおうむ返しする機械とやりとりをすることによって引き起こされる心理的な影響について紹介します。

2.言葉を話さない相手とやりとりができるのか?

 人間は機械と接するとき、機械とは設計された通りに振る舞うものである、とみなしていると考えられてきました。しかし最近になって、たとえ機械に意図的な動作を表出する機能が備わっていなくとも、ある条件のもとでは人間はその動作の背後に自分に対する何らかの意図を見い出してしまうことあるということが心理実験を通して明らかになりつつあります[3]
 私たちは、人間のこのような心理的傾向を引き出す手がかりの一つとして、音声の韻律的な特徴のおうむ返しに着目しています。人間は乳幼児や動物の発する言語的な意味や内容を含まない音を好意的に解釈することがあります。さらに、そのような音であっても自分の発した音声の特徴をおうむ返しされることで、相手が何らかの意図を持って自分に強く働きかけていると捉えようとします。その結果、相手に対して「かわいらしい」などの積極的な感情が引き起こされることもあれば、「生意気だ」などの消極的な感情が引き起こされることもあります。これより、人間の発した音声の特徴をおうむ返しするという単純な振る舞いが、人間と機械の間の情緒的なつながりを築くために有用であると考えられます。

3.機械に自分の声の特徴を真似されるとどう思うのか?
 私たちは、機械によるおうむ返しが人間に与える影響を調べるために、心理実験を進めています。この実験では、被験者と音声をやりとりする対象として「一つの目玉」というシンプルな外観を持つCGキャラクター(図1)を用いています。このキャラクターは、入力された音声の大きさや抑揚のパターンを取りだし、それに基づいて複数のサイン波を組み合わせて合成音を生成します。これが音声の韻律的な特徴を真似た音となります。ここでは、幼児用のブロックを用いて組み立てた物体の名前をキャラクターに覚えさせるという課題を被験者に与えました(図2)。被験者とやりとりをするキャラクターとして、おうむ返しをする頻度の異なる5種類のキャラクターを用意しました。キャラクターがおうむ返しをしない場合は、大きさも抑揚も一定の合成音を出力するように設定しました。
 実験の結果から、全体的な傾向としては、ある程度高い頻度でおうむ返しするキャラクターがより好意的に評価されることが見い出されました[4](図3)。このことから、被験者は自分の発した声の特徴を頻繁に真似されることによって自分のことを認知されていると解釈し、キャラクターに好意的な印象を持ったと考えられます。ただし、いつもおうむ返しばかりするキャラクターに対しては、それほど好意的な評価は得られませんでした[5]。これは、自分の発した音声を常に真似されたために被験者はキャラクターに対して機械的な印象を持ったのだと考えられます。
 これらの実験から、単調な応答をおりまぜながらある程度高い頻度で人間の発した音声の特徴をおうむ返しするという単純な機能だけでも、人間は機械の振る舞いを好意的に受け止め、その結果として機械と友好的に関わる可能性が示されました。

4.おわりに
 これから人間と機械が日常的に接する機会が増えていくにしたがい、人間にとって親しみやすいインタフェースの構築が必要になると考えられます。そのため、生き物らしい外観や自律的な動作を表現する機能を備えるだけではなく、人間の心理的な特性をうまく活かしたコンピュータやロボットを設計していくことが重要な課題になると思われます。今後も、ここで紹介したような心理学的手法を用いて、機械が人間にとって親しみやすい存在となるために何が必要かを探っていきたいと考えています。

参考文献


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