



特集ATR音声言語通信研究所設立
ATR音声言語通信研究所の設立にあたって
(株)ATR音声言語通信研究所 代表取締役社長 山本 誠一
ATR音声言語通信研究所は、「知識利用型音声翻訳通信の基礎研究」をテーマに、ATRの9番目の研究開発会社として設立されました。研究期間は平成12年1月から平成17年3月までの約5年間で、予定研究費総額は106億円です。新会社設立まで厳しい道のりでしたが、関係各方面の多大なご尽力・ご理解によりここに設立の運びとなりました。改めて深く感謝の意を表します。
21世紀を眼前に迎え、国の枠をはるかに超えたグローバルな活動は、距離、時間、言葉を超えたコミュニケーションの実現を要求しています。しかし、日本語の孤立性や日本の地理的状況からか、我々日本人は一部の人を除いて英会話を始めとする外国語会話は不得手であり、言葉の壁を乗り越えるために音声翻訳技術の実現が強く期待されています。このような考えに基づき、ATR自動翻訳電話研究所、ATR音声翻訳通信研究所により音声翻訳技術の基礎研究が実施されてきました。この結果、対話に代表される話し言葉の翻訳については、話題は限定されるものの、10年近く外国語教育を受けた大学生と比較できる段階に至っています。
しかし、だれもが信頼して使用できる技術かというと、まだ疑問が残る技術と考えます。それは、利用者が同じ内容を発話しても、話す速度や口調あるいは周囲の騒音といった音響的要素の影響を受けて、音声翻訳システムが何が話されたのか正確に認識できないことがあるからです。また、同じ発話内容でも状況や文脈に依存して翻訳結果を変えた方が適切な場合も多いのです。より多くの言語的知識を中心とした様々な知識を取り込むことにより、種々の環境変化に強く、話題の変動にも強い音声翻訳技術を研究開発する必要があります。知識利用型音声翻訳通信と、知識利用をうたっているのは、そのためです。
このような研究を遂行するためには、話し言葉そのものをもっと良く研究しなければなりません。従来、音声翻訳技術の研究開発は、音声認識、言語翻訳、音声合成の各要素技術の研究を実施し、その成果を待って音声言語統合処理の研究を進めるという形態を採用してきました。それは、アナログ情報の信号処理を基礎とする音声認識・音声合成技術と、テキスト入力を前提としてシンボル操作を基盤とする自然言語処理の研究アプローチが大きく異なり、独立に研究を進めた方が共同で研究を進めるより効率的であると考えたからです。しかし、音声翻訳通信研究所での7年間にわたる音声翻訳技術の基礎研究の結果、話し言葉という研究対象に対する考え方や研究アプローチについて、音声処理研究者と自然言語処理研究者との間で共通の認識が醸成されてきており、ATRの目指すインターディシィプリナリーな形で、話し言葉の基礎研究を融合的に行うことができる場ができつつあります。
音声翻訳技術の重要性を明確に理解していただける分かり易い例は、英語のように多くの方がある程度は理解できる言語だけではなく、私共多くの日本人が話すことができないが重要性は高いと考えている言語と日本語の間の音声翻訳システムを提示することです。世界中には現在数千とも言われる数の言語がありますが、その中に使用人数や影響力の大きさの観点から地域大言語といわれている言語が幾つかあります。中国語、スペイン語、ヒンディ語、アラビア語、ロシア語などは、そのような地域大言語です。今回のプロジェクトでは、地理的に近い上に、言語としての属性が日本語や英語と異なっており研究対象としても興味深いということから、日英音声翻訳以外に日中音声翻訳技術の研究開発にも取り組みます。
夢の翻訳電話と言われた技術も、技術としては一部夢から現実になりそうなところに来ています。今後とも関係の皆様方のご理解、ご支援をよろしくお願いいたします。