アート & テクノロジー



(株)国際電気通信基礎技術研究所 代表取締役副社長 酒井 保良



 携帯電話やインターネットに代表されるテレコミュニケーションの諸技術は、めまぐるしく進歩・発展し、ひとびとの生活はますます便利になりつつあります。一方その陰で、コミュニケーション不足が原因とみられる種々の社会問題が表面化しております。
 コミュニケーションは、本来、知識・感性(背景情報)の異なるひととひとが、お互いを理解しあうために、音声・顔表情・身振り・手振り・書図面・小道具といった人間の有する(利用できる)情報受発信機能を全感覚的(マルチモーダル)に駆使して行うものです。
 携帯電話やインターネットは、すでに判り合えている(背景情報を共有している)仲間・友人間での単純な(論理深度の浅い)内容の通信手段としては、簡便・即時で効率的なものといえます。一方、背景情報を共有しないひと同士が、多少時間と手間をかけてでも、少しずつ判り合えるようになるためのコミュニケーション環境とは、いったいどんなものでしょうか。
 エイ・ティ・アール知能映像通信研究所では、コミュニケーション支援技術の研究として、この問題に挑戦しています。
 背景情報のうち、知識等の論理情報は、相手の立場・考えを自分のそれとの相対的な位置関係から理解した上で、それぞれ自分の言葉で説明しあうことにより、徐々に相互理解が進む可能性があり、これを計算機が支援するアプローチを研究しています。
 一方、感覚・感性情報(非論理情報)については、論理的思考が得意な技術者だけでは不十分との認識から、感性表現力に優れたアーティストの参画を得て研究を進めています。工学的技術者とインターラクティブアート、メディアアートの分野のアーティストとの協調によるこのアプローチを、アート&テクノロジーと名付け、実践を通じてその効用を確認し内外で好意的に認知され始めています。
 これまでのところ、アートと技術がお互いに利用しあう形での協調は進んでいますが、将来的には両者が融合し、何か新しいメディアが誕生するのではないかと期待しています。例えば、アーティストの有する感性表現力を一般のひとにも容易で安価に使用可能にし、多くの人が、楽しみながらアーティスティックに自己表現でき、それを交換する形でコミュニケーションできるようになれば結構楽しい世界が開けるのではないでしょうか。
 もともと芸術と科学技術は(少なくともダ・ビンチの頃迄は)一体であったように思えます。デカルトの二元論(Cartesian division of mind and matter)が一世を風靡した17世紀以降、芸術と科学は分断され現在に至っています。
 科学技術の分野では、科学革命(17世紀)、産業革命(18〜19世紀)を経て最近の情報通信革命(20世紀)へと、まさに人類の発展の歴史を担っているかの如くです。ただ、科学万能思想が蔓延し、その細分化、専門化は留まる所を知らず、一般のひとびとからどんどん遠のきつつあり、最近の科学技術不信や子供たちの理科離れを誘っているようにも思えます。何事も明解で判り易い説明が必須です。
 一方、芸術の分野でも、ひとりよがりの芸術至上主義(L'art pour l,art)が生まれたりしましたが、最近に至って、芸術は単に自由や想像を表現する手段だけではなく、人類の生き残りの手段にもなりつつあるとの意見も出始めていると聞いています。絵画、音楽、写真、映像、CGなどどれをとっても魅力的なメディアであり、多様な情報の受発信・流通の主役を担うものと考えます。
 ATRで始めたアート&テクノロジーは、コミュニケーションの多様化・充実を狙いとしています。来るべき情報通信社会が、単に効率を追及するだけでなく、芸術と科学技術を融合した新しいメディアを用いて、多くのひとが個性を発揮しつつ地球規模で協調でき、全体として快適で判り易く安心して暮らせるものになるようにしていきたいと考えています。