ミリ波光源 −光から電波を作る話−
1.はじめに
周波数の高い電波(搬送波)を使った通信では、大容量の情報が重畳(変調)可能なことはどなたでもご存知のことだと思います。現状の通信システムで搬送波周波数が極度に高いものの代表例といえば、近赤外線(およそ192THz)による光ファイバ通信でしょう。これからご紹介するお話は、近赤外線ほど周波数は高くありませんが、ミリ波と呼ばれる周波数の高い電波(30〜110GHzくらい)を利用した無線通信のための光源に関するものです。
2.Radio on Fiberシステム
原理的には、ミリ波を使えば比較的容量の大きな情報を扱えるはずですが、ミリ波は空気中での伝搬損失が大きく、直進性の強い(言いかえれば広がらない、回り込まない)電波であるので、送受信のアンテナが遠方に配置されるような通常の無線通信には用いにくいという難点があります。しかし、将来的に短時間で特定の対象に対し情報伝送・収集が可能な無線通信の要求がますます高まってくることも予想されます。そこで、Radio
on Fiberシステム(ROF)[1]
と呼ばれるミリ波の伝送方式が注目されております。
このROFは、マイクロ波やミリ波の無線信号で変調された光信号を各アンテナ基地局までファイバ伝送させ、基地局内で無線信号を取り出してアンテナから信号伝送するシステムです。現在のところ、電波の届かないトンネルや地下などの一部にもROFが利用され始めています。ROFによるミリ波信号伝送の大きなメリットとしては、ミリ波を光信号の形で光ファイバ内に閉じ込めるため、極めて低損失に長距離伝送可能なことが挙げられます。また、アンテナ基地局ごとにミリ波発振器を置かなくてすむようにできるという利点もあります。当研究室では、このようなROFで必要不可欠なミリ波信号を発生させるための光源(ミリ波光源)の研究を行っております。
3.ミリ波光源
ミリ波光源に関しては、ミリ波周波数で駆動可能な超高速変調器を用いた方式、2つのレーザの発振周波数を厳密に制御した方式、レーザ内に変調器と光フィルタを集積化した光源によるものなど興味深い多数の方式が学会報告されています。一方、ROFではユーザが直接的にアクセスして使用できることが一般に望ましく、個々の部品や装置などはなるべく単純で、将来的に安価になる見込みがなくてはなりません。
そこで当研究室では、(1) なるべく低廉な部品で光源を構成できること、(2)ミリ波の中心周波数が可変であること、の2点をターゲットとし、構造が最も簡単なファブリペロレーザを用いた光源の研究に着手しました。ファブリペロレーザは、レーザ媒質の両端に鏡面を形成しただけのもので、CDプレーヤーなどにも使われている最も身近なレーザの1つでしょう。ファブリペロレーザの媒質内部で光波が鏡面での反射を受け媒質内を何周も往復していくと、媒質長の整数分の1の波長に相当した光波だけが増幅されて外部に出てきます。ここで、媒質長をうまく選んでやると所望のミリ波周波数に相当した周波数間隔の多周波数発振(多モード)光が得られることになります。もし、ファブリペロレーザの各モード間の周波数差が一定であれば、任意の隣接した2モードの光波をフィルタなどで選び出し、高速フォトダイオード(PD)で光電変換すれば2光波の周波数差の電気信号(うなり)を取り出せ、これをミリ波信号として使えばよいことになります。しかし、現実には各モードの周波数の揺らぎは極めて大きく、それらのうなりの成分は、無線通信の搬送波としては到底使えるものではありません。
そこで、2モードの周波数間隔を一定に制御することが必要になります。このため外部から光波注入をして2モード光波の周波数間隔を一定にする手法をとることにしました。具体的には、無変調時には発振モードが単一の分布帰還形レーザ光に対し正弦波信号で変調をかけ、これをファブリペロレーザに注入します。変調光波は、変調周波数ごとにピークをもっており、そのうちの任意の2ピークがファブリペロレーザの隣接2モードと各々ほぼ等しい周波数であれば、図3のようにファブリペロレーザの2モードをそれぞれ注入された変調光波の2ピークの周波数に引き込めます[2]
。この周波数が引き込まれる現象を注入同期と呼びます。注入同期の結果、図4に示すようなとてもクリアなミリ波信号を得ることができます[3]
。
ミリ波周波数の設定範囲が広いということは、実はミリ波周波数の設定精度の面でも有利です。先ほど、「ファブリペロレーザのモード周波数間隔はレーザ媒質長によって決められる」ことを述べましたが、一般に媒質長には誤差があります。例えば、60GHz間隔のファブリペロレーザの場合には媒質長はおよそ800μmですが、現実には少なくとも±10μm程度のばらつきは覚悟しなくてはならず、これはモード周波数間隔の精度としておよそ60±1GHzになります。一方、実験的には5GHzの可変周波数範囲が得られていますから、媒質長のばらつきがあっても所望のミリ波周波数を設定可能なことが判ります。また、ファブリペロレーザの発振周波数域はおよそ3THzと広いため、注入用の分布帰還形レーザの発振周波数をほとんど気にすることなく使える点も利点です。
一般に、分布帰還形レーザはファブリペロレーザに比べるとまだまだ高価ですが、本光源内では発振周波数の制限が緩いので比較的使いやすいのではないかと考えています。さらに、参照周波数を6GHzにまで落としても60GHzのミリ波が得られることも確認しておりますので、光源内から高価なミリ波部品を追放できそうです。
4.おわりに
これまでは、ミリ波搬送波を光波に重畳する光源について研究してまいりました。幸いなことに前述した(1)、(2)のターゲットは何とか達成(構造が単純なファブリペロレーザを使って可変範囲5GHzの60GHz帯ミリ波を発生)出来たように思います。現在、ディジタル信号をミリ波光源に入力し、そのファイバ伝送と復調の実験をしております。近年、ようやくミリ波変調光波からミリ波を容易に検出できるような高速応答のPDが入手可能になったのですが、さらに周波数が高い場合でも本構成は有効であるはずで、他のアプリケーションなども検討できればと思います。
Copyright(c)2002(株)国際電気通信基礎技術研究所