アンテナはどこをみているか
−光空間信号処理マルチビーム受信アンテナ−



1.はじめに
 最近の通信分野の進歩にともない、アンテナにも多くの機能が求められるようになってきました。このようなアンテナの1つに、1つのアンテナでたくさんの方向から来る信号を受信出来るアンテナが考えられています。この様なアンテナがあれば、従来たくさんの方向から来る信号を受信するためには方向毎にたくさんのアンテナが必要だったのが、1つのアンテナでカバーすることができるようになります。このようなアンテナをマルチビームアンテナとよび、図1のように、たとえば移動通信の基地局や、衛星通信などに使えるのではないかと考えられています。この場合、アンテナはいろいろな方向から来た電波を同時に受信するため、アンテナには様々な方向から来る信号を、到来方向毎に分離する機能が必要になります。ATRでは、このような機能を光空間信号処理によって実現する方法を提案しています。

2.光空間信号処理ってなに?
 図2のように真ん中にレンズを立て、左側に物体を、右側にスクリーンを立てれば、物体のイメージがスクリーンに映ることはよく知られています。レンズの代わりにピンホールの開いた板を立てた場合でも同じです。説明を簡単にするために、左側に置く物体を光源として説明を続けます。光源の位置が上にあればスクリーン上のイメージは下に映り、光源が下にあればイメージは上に映ります。ここで光源が沢山ある場合を考えてみましょう。もしレンズがなければ、スクリーンにはそれぞれの光源からでた光がすべて混ざったものが照射されます。一方間にレンズを立てた場合、レンズの左側ではそれぞれの光がすべて混ざっていても、スクリーン上にはそれぞれの光が、光源の位置によって別々のところにイメージを結びます。ATRでは、この原理がマルチビームアンテナに必要な、様々な方向から来る信号を到来した方向毎に分離する機能に応用できるのではないかと考え、研究を始めました。

3.なぜ光?
 実はこのように、マルチビームアンテナの受信信号を到来方向毎に信号を分離する回路は、光を用いる方法以外でもいくつか方法が提案されており、すでに実現されているものもあります。ではなぜATRでは光を使うことを考えたのでしょうか。1つの理由として、構造が比較的シンプルで小型に出来るのではないかということが考えられます。アンテナの素子の数が非常に多い場合、従来技術では回路規模が、おおざっぱにいって素子数の2乗に比例して非常に複雑になっていました。一方光空間信号処理では、基本構成はそのまま一部回路を増やすだけで対応できます。また、光を使うもう1つのメリットは、広帯域な信号を同時にあつかうことができるという事です。光の信号は電波の周波数と比べると104-5以上もの非常に高い周波数のため、電気の領域で非常に広帯域な信号でも、光の領域での信号処理では、ほとんど無視できるほどの帯域として扱う事ができます。

4.実際のアンテナ系
 実際にATRが提案している、光空間信号処理を用いた受信系のアンテナを説明しましょう。図3のように、複数の方向から到来する電波の信号を1つのアンテナの中にある複数の素子で受信します。ここで、アンテナ面で受信した信号は、レンズ面に到達する光といっしょで、いろいろな方向から到来した電波がすべて混ざった状態となっています。次にこれら各素子で受信した電気の信号を光の信号に変換(E/O変換)します。そして変換された光を空間に放射すると、その光は、レンズから出た光がスクリーンに焦点を結ぶように、アンテナで受信した電波の到来方向毎に、それぞれ異なった方向にイメージを結び、空間的に分離されます。これらをそれぞれ検波して光信号から電気信号に戻せば(O/E変換)、アンテナで受信した信号をそれぞれ到来した方向毎に別々に取り出す事ができます。
 ATRでは実際にE/O変換部分を試作して、機能実証を行いました。上述のように原理は簡単ですが、実際に回路を実現するには多くの技術課題があります。たとえば光の安定性をいかにして確保するかということです。光の波長は非常に短いため、材質のちょっとした伸び縮みなどにより、その状態が簡単に変わってしまいます。今回の回路で特に重要となるのは、図3に点線で示す、電気−光変換(E/O)された光が空間に放射されるまでの間です。この部分で光の状態が変化してしまうと、放射された光がうまく右側にイメージを結べなくなってしまいます。ATRでは点線部分を1枚の基板上にまとめて作り込み、となりの経路との相対的な安定性を確保することでこの問題を解決しました。また、どうやって電波の情報を光の情報に変換するか、といったことも課題の1つです。これについては、あらかじめレーザー光を用意しておき、光変調器を用いて電気の信号を光に乗せるといった方法で解決しました。このため、実際の構成では図3に示す構成とはE/OとO/Eの変換部分が若干異なっています。また、電波を光に変換している関係から、実際には電波の到来角度と光の分離する角度が異なりますが、その関係は比例関係になっており、アンテナで受信した信号は、すべて光の領域でそのイメージを形成することができます。
 試作コンポーネントを用いた実験の結果、実際にアンテナ受信信号を模擬した電気信号を入力すると、信号到来方向毎に光が異なった方向に分離することが実証され、電波の到来方向が複数になった場合でも、それぞれが分離されることを確認しました。

5.まとめ
 このようにアンテナの信号処理に光を用いることで、複雑な処理を、簡単な構成で、同時に実現することができます。今回ここで紹介したのは、光空間信号処理による受信側のアンテナですが、ATRでは同様に送信側のアンテナについても研究しております。また光空間信号処理以外でも、将来の無線通信に必要なアンテナの姿を想定して、さまざまな機能をもったアンテナの研究を行なっております。



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