マルチエージェントシステムを使って通信品質を制御する



1.適応的に通信品質を制御することの必要性
 パソコンやワークステーション等、最近のマルチメディア通信端末の性能向上には目を見晴らされるものがあります。また一方では、携帯端末の普及が爆発的に伸びて居り、近い将来、携帯端末を使ってマルチメディア情報をやり取りするようになることが予想されます。
 携帯端末は、小型で軽量にする必要があるので、電源パワーや処理性能にどうしても制約が生じます。そこで通信に必要な最小限の処理だけを携帯端末で行わせ、他の処理は、固定ネットワークに接続されている携帯端末サーバで行わせることが考えられます。例えば、マルチメディア情報の検索を考えてみましょう。この場合、複雑な検索処理はすべて携帯端末サーバで行い、ユーザが本当に必要な情報のみを無線回線を使って携帯端末に送り、携帯端末ではその情報を表示する処理のみを行うことが考えられます。このような時、ユーザが希望する品質(画像品質や音声品質等)を実現するためには、携帯端末の性能や無線回線の品質等に応じて、携帯端末で行う処理と携帯端末サーバで行う処理を適切に決めなければなりません。
 一方、固定ネットワークに接続されているマルチメディア通信端末においても、適応的に品質を制御することが重要です。例えば、パソコンを使って同時にいろいろな相手と通信している場合、ユーザが、その時点で実際に会話している相手とそうでない相手とに対して品質に差を設けたいと思うことがあるでしょう。またそもそも、利用しているパソコンの性能に応じて品質を調節しなければなりませんし、障害等のためにネットワークの性能が低下した場合も、品質を適切に調節しなければなりません。勿論これらはユーザの希望をできるだけ反映した形で行われなければなりません。さらにワークステーション等の場合には、通信以外の処理を同時に行う場合や、他のユーザもそのワークステーションを利用している場合が考えられます。このように、マルチメディア通信端末の処理能力自体も時々刻々変化することが想定され、それに応じて品質を制御する必要があります。

2.マルチエージェントシステムを使って通信品質を制御する
 マルチエージェントシステムと言うのは、自らの目的達成に向けて主体的に行動するエージェントの集まりです。エージェントは、自分の目標を達成するために、他のエージェントと協調したり、妥協したりと、互いに何らかの交渉を必要に応じて持つことができます。
 上記の携帯端末で行う処理と携帯端末サーバで行う処理の決定は、携帯端末内のエージェントと携帯端末サーバ内のエージェントが交換することによって実現できます(図1の(1))。これによって、どこにいても、携帯端末を利用して希望の品質で通信ができるようになります。
 またマルチメディア通信端末においては、例えば、各通信相手ごとの情報ストリーム対応にエージェントを設けます。そして、その時々のユーザの品質要求や端末の処理能力に応じて、これらのエージェントを互いに交渉させることによって、各情報ストリームに対して適切に端末のCPU使用時間やメモリ量等を配分することができます(図1の(2))。またネットワークの性能低下の際にも、マルチメディア通信端末内のエージェントとネットワーク内のエージェントが交渉することによって、適切な品質を保つことができます(図1の(3))。これらによって、いつでも誰とでも、希望の品質で通信ができるようになります。

3.マルチエージェントシステムにおける交渉の例
 ここでは、図1の(3)を例にとって、マルチエージェントシステムの交渉について説明します。例えば、ネットワーク障害が起こって、幾つかのコネクションを異なるルートを使って再接続しなければならない場合を考えます。この時、複数のネットワーク事業者が存在し、互いに競争しているものと仮定します(図2)。距離に依らず、単位帯域当たりの通信料金が、すべてのネットワーク事業者間で同一である状況を想定すると、端末側エージェントの目標は、できるだけ希望する品質に近い形でコネクションを再接続することになります。一方、ネットワーク側エージェントの目標は、自らの利益を最大化することですが、どのコネクションを接続しても単位帯域当たりの通信料金すなわち収入は同じですから、支出の小さな、すなわちできるだけ自らの資源を節約できるコネクションを選んで再接続することになります。
 端末側エージェントとネットワーク側エージェントは、互いの交渉を通して、自分の目標に合致したものを選択し合う必要があります。このような相互選択を実現する交渉手順として、以下のような手順を考案しました(図2)。まず端末側エージェントがネットワーク側エージェントにコネクション接続要求メッセージをブロードキャストします。ネットワーク側エージェントは、自分の目標に合致した接続要求を幾つか選択し、入札メッセージを送出します。端末側エージェントは、送られて来た入札メッセージのうち最も自分の目標に合致したものを選び、落札メッセージを送出します。以上述べたような交渉によって、コネクションの再接続が実現されます。但し、このような交渉は、すべてのコネクションが再接続されるか、ネットワーク資源がすべて使われて、それ以上コネクションを再接続することができなくなるまで繰り返されます。
 計算機シミュレーションによって、交渉手順を評価した結果、以下のことが明らかになりました。(1)ネットワーク側エージェントが自分の持つネットワーク資源量に見合った数の入札メッセージを送出することで、少ないメッセージ数で、端末機エージェントとネットワーク側エージェントがそれぞれ自分の目標を達成できる。(2)ネットワークエージェントは、他のネットワーク側エージェントに対して秘密裏に入札メッセージ数を若干増やすことにより、自らの利益だけを向上させられる。(3)端末側エージェントは、多少、品質要求を下げることで、コネクションが全く再接続されないと言う最悪の事態を避けられる。特に(2)と(3)の結果は、自らのエージェントの動作を工夫することで、交渉手順に従いつつ、自分の目標達成度を高められることを示しています。

4.様々な環境に適応する通信品質制御を目指して
 図1(1)(3)の交渉が行われるのは、通信の開始時やネットワークの障害時等、比較的限られた時なので、交渉時間に対する制約はそれ程強くありません。従って3で述べたように、人間社会を模したマルチエージェントシステムの応用が期待できます。しかし図1(2)の交渉は、会話する相手が変わった時等、頻繁に行う必要性が予想されるので、交渉時間に対する制約は強くなります。従って、単純なエージェントによる単純な交渉が望まれます。これに対しては、蟻の集団等の動物社会を模したマルチエージェントシステムが、1つのヒントになるのではないかと考えています。
 以上、品質を制御するために必要な3つの交渉について述べてきましたが、これらの交渉の方法を具体化させ、いつでもどこでも誰とでも希望の品質で通信できるシステムの実現を今後目指して行きます。



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