グループの創造性を高める対話環境の実現を目指して
−視野を拡げる、思考を見せる−



1.はじめに
 雑談なんてあんまり意味がないという意見を時々聞きます。しかし、我々はそうは思っていません。それどころか、日常の雑談は宝の山だと思っています。たとえばオフィスでの立ち話で、あるいは国際会議のバンケットで交す他国の研究者との対話の中で、「なるほど、そんなことがあったのか」と未知の知識を入手したり、時には「それは今困っている問題の解決の糸口となるのでは?」と新たな発見をしたことがある人は少なくないと思います。
 我々の研究の視点は、このような極めて日常的な対話が持つ創造性と、その創造性の拡張にあります。日常対話の創造的側面を支援するため、各種機能を盛り込んだ対話支援環境AIDE(Augmented Informative Discussion Environment)の研究開発を進めています。本稿では、AIDEの愛用者である康志君が、日頃どんな風にAIDEを使っているかを紹介しながら、AIDEの持つ機能や技術的な側面について、簡単に説明したいと思います。

2.康志君とAIDEの一日
 康志君は、出社するとすぐに自席のワークステーションを立ち上げた。それと同時に、AIDEも自動的に立ち上がる。AIDEが起動すると、さっそく康志君は自分が興味をもっている話題の対話に目を通し始めた。「またいろんな意見が出てるなあ」と思いつつ、一つ一つの発言に目を通していく。自分の研究に関係する話題の所で、ちょっと言っておきたいことがあったので、康志君は自分の意見を入力して、発言ボタンを押した。

 AIDEは、ネットニュースやメールなどの蓄積交換型メディアと、パソコン通信などでよく見られるリアルタイムチャットシステムの中間に位置するような、非対面・半同期型対話環境です。ユーザは、図1に示すような画面を使ってAIDEを利用します。AIDEでは複数の対話スレッドを扱えます。ここでスレッドとは、ひとつの話題に関する一連の話の流れのことで、ネットニュースでの、あるサブジェクトで成される一連の議論にほぼ対応するものです。図1のスレッドボタンを押すと、現在存在するスレッドの一覧が提示されますので、好みのスレッドを選択することによって、いつでも自由にそのスレッドに参加して発言することができます。発言は、図1下部の発言入力ウィンドウを使って入力します。入力後、最下段右の発言ボタンをクリックすることにより、入力された発言はサーバへ送られます。サーバでは受けとった発言に後で述べる各種処理を施した後、全利用者に発言を発信します。そして、図1の発言履歴ウィンドウに、発言者氏名と発言時刻付で発言内容が新たな発言として表示されます。このウィンドウを見れば、個々のスレッドにおけるすべての発言を読むことができます。

 「おっ、新しい話題が始まってるな。」康志君は、フレッドリストに今までなかったスレッドを見つけた。同僚の一之君が始めたスレッドらしい。履歴を見ると、始まってわずかの間に爆発的な量の発言があったようだ。「うわ、これは内容の把握が大変だ。よし、とりあえず話題構造がどうなっているかを見てみよう」と、AIDEのサブシステムであるDiscussion Viewerを起動した。「なるほどね、だいたい3つの内容が出ているわけか。」康志君は、Discussion Viewerの画面を見て、おおまかな話題の構造を簡単に把握した。

 Discussion Viewer(図2)は、あるスレッドでの一つ一つの発言から自由抽出される重み付キーワードを用いて、ある発言中でどのキーワードが同時に使用されているか、逆にあるキーワードはどの発言に共有されているかの関係を、統計手法を用いて空間構造として可視化します。AIDEでは、これを図2に示す2次元空間で表現します。図2で、長方形のアイコンが個々の発言に、長円形のアイコンが個々のキーワードに対応します。直観的には、内容に関連がある発言アイコンは近くに配置されます。また、複数の発言で共通して使用されているキーワードアイコンは、それらの発言アイコンの中間に配置されます。このような空間構造を見ることによって、この話題スレッドがどのような話題構造になっていて、どういうサブトピックがあるのかを簡単に把握することができるようになります。

 一応内容を把握した康志君だが、どうもいまいちピンとこない。「ちょっと僕の考えは違うんだよなあ…」と思いつつ、Discussion ViewerのメニューからPersonal Desktopを選んで起動し、Discussion Viewerの画面をコピーして、空間構造を自分なりに手直ししてみた。無意味と思う発言やキーワードを削除し、逆に自分なりの私的な意見を追加したりして、しばらく空間をこね回した末に、「そうそう、こんな感じだよ」と納得できる個人化空間ができあがった。そこで、このスレッドに参加している皆に自分の考えを伝えようと、できあがった個人化空間を公開した。「誰か他に個人化空間を公開してる人は…おっと、一之君の個人化空間があるな。」そこで、康志君は一之君の個人化空間を取りこみ、自分の個人化空間と融合してみた。「なるほど、一之君のこの発言はこういう意図だったのかぁ。」

 Discussion Viewerが提示する空間は、完全に自動的に構成される非常に客観的な視点に基づく空間なので、個人の視点から見ると違和感がある場合があります。そんな時、Personal Desktopの機能を起動することにより、このDiscussion Viewerが提示する空間をコピーして、自分なりに自由に構造を作り変えて空間を個人化することができます。こうして、AIDEの利用者は必要に応じて深い個人思考モードに入ることができます。こうして完成した個人化空間は、その空間の作成者の視点や興味を反映したものとなります。そこで、このような空間を他者の個人化空間と融合させることにより、両者の興味や視点の一致点や相違点を見つけ出すことができるようになります。この機能は、同じ言葉を全然違う意味で使っていたために起る議論の食い違いなどを顕在化させることなどに役立つでしょう。

 ある程度話が進むと、みんなネタ切れになり同じ様な発言が繰り返され始めた。「なんだかこの話も退屈になってきたな」と康志君が思ったその時、AIDEの中に棲むConversotionalistと呼ばれるエージェントが話に割り込んできた発言した。エージェントの発言う何気なく読んでいた康志君は突然、「あ、なるほど、そんな関連があったのか」と、ポンと膝をうち、再び自分の発言を入力した。それをきっかけに再び活発な発言がなされ、沈滞していた対話は活性化された。

 Conversationalistは、すべてのスレッドの対話の様子を監視しています。そして、話題転換が長い間起こらないスレッドを見つけると、そのスレッドは沈滞していると判断し、手持ちのデータベースから、それまでの話題に関連があると同時に、新たな話題の展開のきっかけとなるような情報を抽出し、そのスレッドに発言として提供します。この時Conversationalistは、図2のDiscussion Viewerの提示する空間を見て、そこに空白領域があればその空白の中心(図2でEと記されている点が各空白の中心)に近いものから順に一定の個数のキーワードを集めます。空白がなければ、話題中心領域を取り囲むキーワードを集め、これを手持ちの連想辞書によって連想変換し、視点の変換を行います。こうして得たキーワードを用いてデータベース検索を行います。空白領域を使う理由は、被験者実験の結果、そういう空白に入る情報はどんなものかを人はしばしば考え、そういう領域にある情報に新たな視点を見い出すことが多いからです。こうして、Conversationalistは沈滞化した対話を新たな方向に導き、活性化させます。活性化された対話からは、より多くの新しい情報と、発想のきっかけが得られることでしょう。

3.おわりに
 以上、康志君がどんな風にAIDEを活用しているかを紹介することによって、AIDEの持つ対話支援機能とその効果を説明してきました。今後も、複数ドメインの知識の融合などの機能を組み込むことにより、より有益で柔軟な創造的対話環境の実現を目指して研究開発をすすめていく予定です。



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