随 想


(株)国際電気通信基礎技術研究所 代表取締役社長 三浦 一郎



 早いもので、昨年6月にATRに着任して丁度1年余になりました。着任の時の挨拶でも述べましたが、研究所の仕事は全く始めてですので、この1年は、まことに心もとないことながら、ほとんど無我夢中といって良い状態で過ごして来たように思います。1年経って、又、巻頭言を求められたわけですが、まだまだ蓄積がほとんど無いことは深く自覚しています。そこで、巻頭言と行ったようなことごとしいものでなく、取りとめのない感想のようなものを書き列ねてみることといたします。
 ATRにおいてユニークなものは、数多くありますが、先ず目につくものの1つは組織構成でしょう。外部の人から見た場合、ATRと言えば、4つの研究所を備えた1つの組織体として見るのが通常でしょう。事実、ATRとしてはそのように行動するよう心がけていますが、現実の形態としては、ATR-Iと称される組織と4つの研究所とから成っていて、しかもこれらは、各々株式会社形態を採っています。ATR-Iとこれら4つのR & D会社とは、法律的に全く別の組織であり、資本的にATR-Iが他の4社の株式の大部分を握っているということもありません。従って、ATR-Iと他の4社とは、形式的に対等の組織であると言わざるを得ません。2つ以上の組織がこのように、対等の立場にある時、そこでは、多くの場合において、統合の原理より分離の原理が働くと言われていますが、ATR-IとR & D各社とが設立以来、今日まで、統合の原理が強く働いて来たことは注目に値します。ATRはトータルとしての優れた研究集団を目指すという研究陣の強い意志が作用して来たものと言えましょう。しかし、他方、ATR-Iにおける総務・経理等のスタッフ部門は、必ずしも、R & D各社の研究内容を把握して来たとはいい難いように思われます。ATRの主要商品は、研究開発なのです。スタッフ部門も自社の商品内容をそれなりに把握し、それをサポートすることによって、共同作業が可能となり、組織としての一体感が生まれます。
 ATRはこれから又、新たなステップを踏みだそうとしています。KTC制度の見直しによって、ATRとしての予算確保がどのようなものになるかの問題と共に、不況の続く中、ATRの今1つの特色である株式会社形態を持っていることに伴う出資企業各社様への要請活動についても、非常な困難が予想されます。ATR-IとR & D4社とのグループ会議等を通じ更なる活性化を図ることによって、ATRグループ一体となって、これからの難問を乗り切って行きたいと考えています。
 次なる感想というより、素朴な疑問は、基礎・基盤研究であります。基礎・基盤研究といっても、サイエンス部門とテクノロジー部門のそれとがあると言われています。我々が通常捉えているのは、サイエンス部門における研究のことでしょう。そこでは、新しい原理の発見、新理論の構築等に関わるもので、普遍的なものの確立を目指すものと考えられます。では、テクノロジー部門においても同じなのでしょうか、テクノロジー部門における研究で分かり易いのは、人間の便宜に直接寄与する実用化、応用研究だと思います。サイエンスの基礎研究と、テクノロジーの応用研究との間にあって、テクノロジーの基礎研究なるものの占める位置は何なのか。じっくり考えてみたいと思っています。