顔の特徴を探る
−人間は顔の何を見ているのか−



1.人間は顔の何を見ているのか
私たちは意識することなしに、相手の人物や特性を確認する際に顔に目を向けています。新生児を対象にした研究などから生後間もない新生児が、顔の図形を、他の図形よりも注目して追視することを示していたり、生後数日の新生児が顔から母親を識別できるとする研究もあります。これらの研究は、人間は生まれながらに顔の刺激に敏感だということを示しています。
 しかし、生まれながらに顔に敏感だからといって、成人が新生児の時から全く同じ方法で顔を認識しているとは考えにくいでしょう。新生児は髪型や顔の濃淡のコントラストといった大雑把な顔の特徴に注目し顔を識別していると言われていますが、成長するに従ってたくさんの顔を識別する必要が出てきた場合、この方法では対処できないことが想定されるからです。実は、顔どうしの違いは、外の刺激との違いに比べて非常に微々たるものなのです。しかも、髪型や表情のような大きな変化が加わっても、同じ人物であることを同定できなければならないのです。
 たくさんの顔の微妙な違いを区別するため、人は成長するに従い、大雑把な顔の特徴から、顔のパーツ同士の位置関係の特徴へと、処理する特徴の重みづけを変えていると言われています。顔のパーツ同士の位置関係の特徴となると、その組合せは膨大な数になります。それでは、人間は顔の中にあるたくさんの特徴のどれに特に注目しているのでしょう。
 私たちは、見知らぬ他人を対象とし、性別と年齢を識別する場合に重要となる顔の特徴に問題を限定して研究を進めてきました。何故なら、初対面の人に出会った場合、相手を推測する情報は相手の風貌に限られ、その際顔は重要な情報源となりうると考えるからです。さらに、初対面の人に会った時、一番最初に相手の風貌からどんな情報を引き出しているかを考えてみると、多くの場合、自分より年上か年下かという年齢情報、異性か同性かという性別の情報、を引き出しているのではないかと考えるからです。この年齢と性別の情報は、それほど苦労なく相手の顔だけから判断することが可能のように思えますが、顔のどの特徴が、この2つの情報を引き出すことに関与しているのでしょうか。私たちは、未知の他人の顔の情報処理に関して、“人間特有の特徴抽出の仕方”や“人間特捜の情報処理の優先順位”があるか、調べてみました。

2.顔の特徴を探る

−顔の形態的特徴と認知的特徴−

人間が顔のどのような特徴から年齢と性別を読み取るのかについて紹介しましょう。
 まず最初に顔の形の特徴の調べ方について触れておきます。顔の形態には個人差があるため、たくさん(今回の実験では男女各50名ほど)の顔を集めて、女の顔、男の顔、大人の顔、子供の顔といった顔の集団に対して計測を行います。顔の性別によって顕著な違いの生じる特徴を調べるため、20代の男の顔、女の顔の集団を比較しました。その結果、男の顔と女の顔では、眉の形や目や鼻の大きさといった、顔の部分的な特徴が異なることが分かりました[1]。また、顔の年齢によって顕著な違いの生じる特徴を調べるため、同様の方法で大人の顔と子供の顔の集団を比較しました。その結果、大人と子供の顔では、顔の横幅や縦幅といった顔の全体的な特徴が異なることが分かりました[1]
 性別の情報は顔の部分的な特徴、年齢の情報は顔の全体的な特徴が関係しているということから、性別と年齢では、それぞれの違いが顕著に現れる特徴の種類に違いがありそうなことが分かりました。しかし、これはあくまでも顔の形態の違いを示しているに過ぎません。人間が顔を見た時に使用する特徴(認知的特徴)は、形態上の顕著な特徴(形態的特徴)と一致するのでしょうか。そこで次に、男らしさ・女らしさと形態的な特徴の関係について紹介しましょう。男女の顔の形態的特徴の違いを誇張した顔は、男らしい顔・女らしい顔になるのでしょうか。私たちは、男らしさ・女らしさの評定結果をもとに男らしさ・女らしさを決める顔の特徴を抽出し、この特徴が、性別の違いによる形態的特徴と一致するかどうかを調べました[1]。その結果、男性の顔での男らしさの評定には輪郭といった顔の全体的な特徴が関連しているのに対し、女性の顔での女らしさの評定には眉の形や太さ、唇の形といった顔の部分的な特徴が関連していることが判明しました。この結果は、男らしさ・女らしさは顔の男女で異なる特徴から判断されることを示しています(図1)。
 これらの研究から、顔の性別と年齢とでは異なる形態的特徴により区分され、さらに男女に関しては同一の形態的特徴によって区分されるのに対し、顔の男らしさ・女らしさの評定に使用される認知的特徴は顔の形態的特徴とは異なっていることが示唆されました。

3.顔の何の情報が重要か
−性別と年齢の認知は同等か−

性別の認知に関わる顔の特徴が、実際の顔の性別を示す顔の特徴と異なることが分かりましたが、顔の年齢的変化はカージオイド変換という関数として表現され、人間による顔の年齢認知とも良く合うことが分かっています。すなわち、顔の年齢の認知は、性別の認知よりも、文化的な影響などを受けることも少なく、より普遍的である可能性が考えられているのです。
 興味深いことに、最近私たちが行った、コンピュータを用いて人間の持つ顔イメージを作成する実験成果から、作成された顔イメージが“大人”と“男”で類似した形態的特徴を共有し、また“子供”と“女”で類似した形態的特徴を共有することが明らかになりました(図2)。さらに、顔の年齢情報を表す顔の特徴を人間は忠実に再現できることが示されました[2]
 以上の研究結果から、顔の年齢の区分に関しては、形態的特徴と認知的特徴が一致し、イメージとして保持されやすいため、普遍性を持つように思われます。また、古くから動物行動学の分野では、子供顔の特徴はベビースキーマと呼ばれ、人間は生まれながらにして、このベビースキーマに敏感であることが示唆されています。このように年齢情報は生物的基盤を持つことから、顔の重要な特徴情報となるのでしょう。

4.最後に
以上、私たちの研究の一端を紹介してきましたが、これらの研究の殆どは日本人による日本人の顔の認知を対象とした結果です。今後、様々な人種の様々な年齢の顔を収集し、顔の認知の仕方に対する人種間での違いについて、系統的な研究を行うことが課題となっています。


参考文献


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