快適なコミュニケーションを求めて
1.量から質へ
コミュニケーション技術は、より多くの情報をより速く、より正確に伝達することを目標として発展してきました。その結果立体動画像・音声を利用した臨場感の高いテレビ会議が可能となり、インターネットを通じれば家庭にいながら世界中の人々と交流することも可能になってきています。
その反面、これら高度に発達した技術をどのように使いこなせばわれわれにとって自然で快適なコミュニケーションが実現できるのか、そもそも快適なコミュニケーションとは何なのかといった問題についてはまだまだ検討が進んでいません。
たとえばテレビ会議を考えてみましょう。現在でもテレビ会議には必ずしも動画伝送に十分な帯域が確保できないという理由でフレームレートを落として通信を行うことがあります。そうすると相手の動きが連続的にならずにギクシャクと動いて見えます。これはとても不自然な印象を与えます。限られた帯域内でなるべくフレームレートを落とさずに伝送するよう符号化手法を検討する。これが量の技術です。ところが技術を利用する側の人間にとっては、一定の帯域しか利用可能でないときに、フレームごとの画像品質を落とすのと、フレームレートを落とすのとを比べると、後者の方が前者よりもずっと悪い印象を与えます。しかも悪印象は通信系に対してではなく、それを介してコミュニケーションを行う人に対して向けられます。これはコミュニケーションの質にとっては重要な問題です。このようにコミュニケーションの質、快適なコミュニケーションの実現要素の探求は今後ますます重要性を増していくでしょう。
2.中途半端は欲求不満
計算技術が高度化・専門家するのに反して、計算技術の利用はますます拡大し、一般に浸透します。もはや利用者がすべて計算技術に通暁していることを望むのは不可能です。そこでプログラムをエージェントと呼ばれる自律性を備えたものとして見せる必要が出てきました。プログラムが顔を持ち、言葉を喋ります。そうして計算機が知性のみならず人格・個性を備えたあたかも人間のような存在とみなされる可能性が現実のものとなりつつあります[1]。
技術の向上にともなって要求も拡大します。これはコミュニケーションの質を考えるとき特に重要な問題です。われわれは、自律性を示す対象に対してはあたかも知識・欲求・意図をもつ存在であるかのように反応する傾向を持っています。そのような反応は志向姿勢[2]と呼ばれます。言語に代表される知的能力、表情を持った顔などは志向姿勢を強く促進します。それだけに、中途半端な自然言語理解、中途半端な合成顔表情は、しばしば期待を裏切ることとなり、逆効果となりかねません。言葉につまって発した冗長語に反応して“えーと”ホテルを探そうとする旅行案内システムや高品質で表情豊かなのにこちらの動きには反応しない顔では快適なコミュニケーションとはならないわけです。
一方で、わざわざ複雑な人工知能や豊かな合成表情を伴わなくても、計算機に対する人間的な反応を引き出すことは十分可能なことが知られています[3]。いったい志向姿勢は何によって引き起こされるのでしょう?
3.コミュニケーションは密な相互作用
われわれは、対話をしているとき話しながら常に相手の状態を観察しています。相手の状態にしたがって次に何をどのように話すかを決めていきます。同じように聞き手は、話しを聞きながら同時に話し手の表情・身振り・声の調子などから話しの内容がどの程度信用できそうか、話し手は本当はどう思っているのかなどさまざまな情報を得ようとします。このようにコミュニケーションは単純な話し手の番の交替という逐次的な過程によって成り立っているのではなく、もっと並列的な情報の授受による密接な相互作用によって実現されています。そしてこの密接な相互作用こそが人間同士の自然で快適なコミュニケーションに大きな位置を占めています。
人間同士の自然な対話相互作用の過程で何が起こっているかを調べるには、対話によって伝えられる内容的な情報のみに着目するだけでは不十分です。内容的な情報伝達の状態を監視・管理するメタコミュニケーションと呼ばれる対話現象にも着目する必要があります。日本語の終助詞「よ」「ね」や英語の“you
know”のように談話的小辞と呼ばれる表現や、発話の韻律はそのような機能を果たしていると考えられます[4]。
対話の際の話す速さ、リズム、間の取り方、声の大きさ、コミュニケーション過程の持つこれらの特徴は、コミュニケーションの自然さを構成する大きな要因です。これらの特徴をどのように設定するかは、あらかじめ規則によって定められているわけではありません。むしろ対話に参加する主体同士の密接な相互作用の中から自然に創発してくるととらえるべきでしょう[5]。相手との相互作用による特徴の創発過程がコミュニケーションの自然性そのものだと言うことすらできます。
4.社会的エージェントを目指して
人間が快適にコミュニケーションを行うためには、相手を社会を構成する一員として認知する必要があります。それには相手となる主体が、他のメンバーと協力して目標達成に向けた行為を遂行するという合理性を備えるのみならず、志向姿勢を引き出すさまざまな性質を備える必要があります。密接な相互作用によるメタコミュニケーションの能力はそのうちの重要な要素のひとつです。志向姿勢を安定・一貫して支持する機能を備えてはじめて人格・個性を持ち、快適なコミュニケーションの相手となる計算エージェントを実現することができるでしょう。
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