ATR光電波通信研究所での研究と思い出




九州工業大学 教授
元(株)ATR光電波通信研究所 通信デバイス研究室主幹研究員 藤原 賢三



 ATR光電波通信研究所に在籍したのは、年号も平成と改まった年の秋よりの2年間、「京阪奈」関西分化学術研究都市の中核として本格的に活動し始めた頃で、今から思い出すと、短い「あっ」という間の日々であったが、また自分自身の研究生活としても充実した実り多き記念すべき時期が過ごせたのは幸いであった、と懐かしい。研究の本籍地より離れての研究武者修行はドイツ、シュトウットガルトのマックス・プランク固体研究所に1年間留学したとき以来で、国際比較も兼ねて、この拙文を機会に思いを新たにしたい。
 研究テーマとして、当時まだ未開拓の分野であった半導体超格子の電界シュタルク効果が示す、「ワニエ・シュタルク局在性」と呼ばれている量子物性現象にタイミング良く着手し、光スイッチング素子や光双安定性に関する日本におけるこの分野を代表する研究活動が実施出来た、と自負している。設定した研究テーマに多くの方々にご賛同・ご支援いただき、協力的な共同研究者にも恵まれたことを、この機会を借りて、お礼申し上げたい。多くの論文を出版し、国際会議に発表したり、ドイツ、米国、フランス、イタリアなど国際的トップクラスの研究者を招聘しての研究会討論会の開催など、ATRにおける研究環境活性化にも貢献できたのではないだろうか。耳学問による情報交換、討論による研究アイデアの発掘など、研究テーマの開拓は、ATRのような国際研究所では特に大切な機能であり、国際研究機関として、今後も日本の中心的役割を担われんことを期待したい。「研究はアイデア」と云っても過言ではなく、魅力的な研究ターゲットの開拓が基礎的研究所の使命ではないだろうか。マックス・プランク研究所でも同様であったが、恵まれた設備・環境下で、研究者がよいアイデアの着想、検証に没頭できる機会をエンジョイできること、逆に、研究の新しい着想が無い者には厳しい、エクスキューズが云えないのが基礎研究所の理想的環境であろう。このような研究環境、競争原理が今後の研究活動の指針を考える上で重要なファクターではないだろうか。

 「研究は人である」とよく云われるが、国際的研究所に在籍することの重要なメリットのひとつは、様々な魅力あふれる人達との新たな出会い、それらの人達との交流によって生まれる新たなる発想や着想である。ATRでの多くの、様々な国籍からなる魅力ある国際人との出会いも思い出深い。強力な個性の持ち主でおられた前社長の古濱洋治さんより薫陶を受けた研究に対する考え方、特に学術的貢献、社会的貢献、経済的貢献の3つを絶えず念頭に置いて研究するように、との教えは、現在も私の座右銘である。客員として滞在しておられたトロント大学の飯塚啓吾先生のレーザ装置を持ち込んでの実験実演入りのセミナーも、日本ではあまり見かけない講義のひな型として学ぶことが多かった。単身赴任して間もない頃、秋の日の夕暮れ時に、交流の場としてのバーベキューパーティーで舌つづみを打った思い出、大和郡山城での花見の寒かったこと、社員旅行での伊勢海老なども思い出のひとつであり、企画スタッフの方々のご努力に感謝申し上げたい。ATRの益々のご発展を祈ります。