新しいコミュニケーションの場をつくる
−「MIC Exploration Space」の構築に向けて−
1.インタラクティブアートとは私たちの研究所では、インタラクティブアートと工学の共同作業によりコミュニケーションの新しい形態を作り出すことをめざした研究を開始しました。まず、インタラクティブアートとはどのようなものか理解してもらうために、私たちの2つの代表作品を紹介しましょう。
(1)A-Volve*
「A-Volve」は、顧客が水の張ってある水槽で仮想的な生物とのインタラクションを行うことができる作品です。タッチスクリーンから任意の形を入力することにより、その形を持った仮想生物がスクリーンに写し出されます。仮想生物は、観客の水の中の手の動きに反応します。観客が触れると、仮想生物はその手を避けて逃げようとしたり、また時には戻ってきて遊びたがることもあります。仮想生物のふるまいは、観客が入力した形状に基づいて決定されています。同時に、仮想生物には進化の法則がプログラムされており、他の仮想生物を捕捉したり、交配してその遺伝子を受け継いだ子孫を残したりします。「A-Volve」は、現実には存在しない仮想的な生命体が体があたかも実際の生命体であるかのようなふるまいをするという、いわば現実と非現実が同居した新しい世界を作った作品です。
(2)Trans Plant**
「Trans Plant」は、観客が仮想的な植物の繁る空間に入りその植物とインタラクションすることができる作品です。観客が展示スペースにはいると、大きなスクリーンの前に出ます。その前で自由に動き回ると、観客の歩みや動作により仮想植物が生育します。動きやその早さを変えると、植物の生育の度合いを変えることが出来ます。また、観客の外形により生育する植物の種類が変わります。このように、自分の外形やその動作により、観客は彼等自身の森を作り出すことができます。いいかえると、この森は観客の個性を仮想空間として可視化したものということができます。植物の種類が増え、またその生育の程度が進むと共に、観客にあたかも環境と一体となったような感覚を与えることを狙っています。
2.コミュニケーションへの適用
さて、インタラクティブアートはコミュニケーションにどのように使えるのでしょうか。まず、現在構築中の「MIC Exploration Space」はどのようなものか説明しましょう。図にあるように、離れた場所にいる2人がそれぞれスクリーンの前に立っています。スクリーンには2人の3次元の映像が映し出されています。お互いが身振り手振りを交えてコミュニケーションをすると、それに応じてスクリーンの中で3次元の仮想植物や仮想生物が成長し、姿を変えます。これによって、あたかも3次元の仮想環境の中で環境と一体となって相手とコミュニケーションしているかのような感覚を味わえます。人と環境とのインタラクションは、「A-Volve」や「Trans
Plant」を制作してきた経験をベースに、自然でかつコミュニケーションを活性化するような方法の実現を狙っています。人を仮想空間に投影する方法として、「Trans
Plant」で開発した「3D Key」という方法を用います。「3D Key」は、3次元の空間における人の位置の検出をカメラによる検出システムによって行い、それに基づいて人の映像を3次元の仮想空間に投影するという手法です。また、当面は映像を介したインタラクションのみですが、将来は音声認識技術などを用いて音を介したインタラクション機能も取り入れる予定です。
3.工学的なアプローチとの比較
インタラクションやコミュニケーションは工学においても重要な研究分野として扱われています。工学的なアプローチに対しここでのアプローチの特徴を列挙してみます。
(1)ノンバーバルコミュニケーション
対面型のコミュニケーションでは手振り、身振り、表情などによる意思伝達(ノンバーバルコミュニケーション)が重要な役割をはたしていることは良く知られています。最近工学でもその重要性が認識されるようになってきましたが、具体的な取り組みはこれからです。これに対し、ここでは離れた地点にいる人を同じ仮想空間に投影し仮想空間を共有させ、ジェスチャーや体の動きに応じて周囲の仮想環境を変化させるという方法をとることにより、ノンバーバルコミュニケーションを強調・支援することを狙っています。
(2)人間と環境のコミュニケーション
人は他の人とコミュニケーションするばかりでなく、環境とのコミュニケーションを行っています。例えば家は住む人の柄をあらわしているといわれます。また、ペットの性格は買い主の人格に染まるといいます。人と仮想環境とのインタラクションを通して、仮想環境の表現は人の個性や心理状態を反映したものとなります。仮想空間を他の参加者と共有した場合は、環境はこの新しい状態に適応し、複数の人の個性、心理状態を反映したものとなることが期待されます。このようにして、相手および環境と一体となったより深いコミュニケーションが実現できる可能性があります。
(3)リアルタイムインタラクション
インタラクティブな作品をデザインする際、インタラクションの結果をリアルタイムでフィードバックすることが必須条件です。基本的には、フィードバックの内容に、ゲームや純粋に技術的なデモとアート作品の違いがあるといえます。ゲームではボタンを押すと対応した結果が得られる単純なインタラクションが採用されています。フライトシミュレーションなどではインタラクションはより複雑となっていますが、それでも予測可能なリアクションを繰り返すようにプログラムしてあります。一方、インタラクティブアートの作品においては、アクションに対するリアクションが観客に与える知的なまた感覚的な効果に重点をおいています。ここをいかにプログラムするかがアーティストの感性に基づく部分です。
(4)自然なインタフェース
仮想空間とのインタフェースとして、ゴーグルやデータグローブ等が使われるのが通常ですが、動きを不自由にするこれらのデバイスの着用を不要にすることが、仮想空間への自然なアクセスのために必要です。私たちの開発した手法である「3D
Key」によって、参加者は、実空間における動作によって、仮想空間内を移動しかつ仮想物体とのインタラクションが可能となります。この方法は従来より仮想空間内でのインタラクションを容易に行うことができる方法といえます。
4.むすび
工学の分野からみると、アートは異質なもの、理解不能なものとして取り扱われてきました。しかしながら、上に説明したように、インタラクティブアートでは工学と同様、インタラクション、コミュニケーションを扱ってきたといえます。アートからのアプローチの方法が工学と異なるのは、アーティストの感性、直感に基づいている点です。これを、工学的な方法、特にジェスチャー認識や音声認識などと統合することによりインタラクションとコミュニケーションがより高度化していくことが期待できます。このように、インタラクティブアートとコミュニケーション研究は、人間と人間のコミュニケーションをサポートするという共通の目標をもって相互に助けあいながら発展していく可能性が大きいといえるでしょう
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