レーザマイクロビジョンで観るミクロの世界



1レーザマイクロビジョンの誕生
集積回路は数mm角サイズの基板に1μm(1000分の1mm)程度の細かな構造を立体的に作り込み、光を用いた情報処理や通信を行なうことを目的に開発が進められている素子です。素子の試作過程では細部の出来具合を評価したり、不具合を生じた箇所を特定するのに内部構造の詳細な観察は欠かせません。従来は光学顕微鏡による表面観察か、内部を観るためには素子表面を破壊する必要がありました。こういったミクロな構造を持つ物体内部を非破壊で観察・評価するには屈折率が急激に変化する点を検出する方法が考えられます。
 ATR光電波通信研究所では、当研究所の「光」および「信号処理」技術と、カナダのトロント大学飯塚教授の下で開発されたマイクロ波の「ステップ周波数レーダ」技術との融合によりミクロの世界を非破壊で観察する「レーザマイクロビジョン」を誕生させました。この装置は、光透過性のある被測定物にレーザ光を照射して得られる反射光に信号処理を施すことにより、反射光の発生位置、すなわち屈折率の変化点を正確に検出します。
 「レーザマイクロビジョン」は「光」を用いた初のステップ周波数レーダです。さらに信号処理には脳の情報処理方式に倣った「ニューラルネット」を応用し高分機能化を図りました。

2レーザマイクロビジョンの原理
物体内部を非破壊で観察する一般的方法としてパルスレーダ法があります。これはパルス状(極めて短い時間のみ発光している状態)にし光を物体に向け照射し、反射光の強度と時間的遅れから物体内部の反射点位置を得る方法です。基本的には天気予報でおなじみの電波を用いた気象レーダと同じ原理です。
 しかし、1μm程度の微細構造を観るためには極端に短い1億分の1のさらに100万分の1秒程度の時間幅を持つ光パルスを用いる必要があり、のため装置が6畳一室を占拠する程度にまで大型化してしまい実用性に欠けるという難点がありました。
 そこで光パルスは周波数の異なるいくつかの単一周波数の光成分から構成されていることに注目します(図1)。
 すると、各光成分を順次物体に照射し、それぞれの反射光の振幅(強さ)と位相(時間的遅れ)を測定した後、これらを信号処理することによってもパルスを照射したのと同じ観察が可能となります。以上の処理の流れを図2に示しました。

3レーザマイクロビジョンの構成図3に「レーザマイクロビジョン」の基本的構成を示します。光源から出た光を照射光と参照光とに分岐します。測定物に照射して生じた反射光と参考光をハーフミラーを用いて重ね合わせた上で、光検出器で検出します。このようにして反射光の振幅と位相を求めることが出来ます。この測定を光の周波数をステップ状に変化させながら繰り返します。このときの各周波数はパルスを構成する光成分の周波数に対応します。一連の測定が終了したところで得られたデータを信号処理して物体内の反射点位置を求めます。

4レーザマイクロビジョンの性能
これまで行った測定から「レーザマイクロビジョン」の性能として分解能20μm、測定時間20分を確認しています。
 ここでは測定例として、図4に空隙のあるガラスの観察結果を示します。厚さ150μm、屈折率1.5きガラス板2枚にはさまれた幅27μmの空隙を観察しています。この測定は光集積回路の障害点検出を想定して行なったものであり、「レーザマイクロビジョン」は将来光集積回路の故障診断等への応用が期待されます。

5レーザマイクロビジョンの目標
5-1測定の高速化

現状では、(1)レーザの周波数を変化させるのに機械的な方式を採っている(2)レーザや測定器の制御にパーソナルコンピュータを用いている、の2点から測定に20分を要しています。そこで
1. 広い周波数範囲の光を同時に発光するタイプの光源から、電気的に単一周波数を選択する方式の高速波長可変光源
2. トロント大学で開発されたステップ周波数レーダ専用の高速制御装置に、さらに1.の光源駆動部も組込んだ測定・制御系を開発し、測定時間を1秒以内に短縮することを目指します。
5-2高分解能化
時間幅の短い光パルスほど広い周波数範囲に渡る光成分から構成されていることに対応して、ステップ周波数レーダ法の分解能は周波数の変化幅が広いほど高くなります。しかし、単一の周波数可変光源による周波数変化幅と一般的な信号処理法を用いて得られる分解能はたかだか10μmオーダです。そこで今後はニューラルネット処理において分解能を決定するパラメータの最適化や、当研究所において電波が到来する方向を高い角度分解能で推定する方法として研究が進められてきたMUSIC法、動的計画法を駆使して高分解能化(目標1μm)を図ります。

6レーザマイクロビジョンの将来図3に示した「レーザマイクロビジョン」は現状では机大の大きさです。今後は簡単に持ち運びができるよう、装置全体をA4サイズの箱に収まる程度に小型化していく方針です。また、微細な構造を持つ物体の非破壊検査の外にも、レーザメスへ組混んで切削深さをモニタする等、応用分野の拡大も目指します。そのためには、現状の光照射点における深さ方向(1次元)の反射点位置表示に加えて、さらに照射点を動かすなどして物体断面(2次元)内の反射点分布を表示することも重要な課題と考えています。



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