技術リエゾンセンタ

基礎研究成果をビジネスフィールドへ

(最近5年間の成果展開を振り返って)


前技術リエゾンセンタ長
三ツ矢 英司



 1.はじめに

 現在の技術リエゾンセンタの前身である開発室は平成5年(1993年)4月に発足、以来、研究所支援、研究成果展開、けいはんなエリアを含むネットワーク環境の整備・運営を業務の3本柱として活動してきました。この間それぞれの業務において優れた業績を挙げることができました。まずは、これらの業務に従事されATRに多大な貢献をされた関係各位にお礼を申し上げます。本来ならこれらすべてをご紹介したいのですが、誌面の都合でここでは音声合成技術のインキュベーション・事業化を中心に、ここ数年の成果展開活動を振り返ってみたいと思います。


 2.成果展開の基本的な進め方

 ATRは発足以来、この15年で多くの優れた基礎的研究成果を挙げ、日本の先端的研究拠点として国内のみならず国際的にも広く認知されるまでに至りました。しかしながら、その研究成果がビジネス分野に利用されることは極めて少なく、大きな課題となっていました。ATR研究成果のビジネスフィールドでの利用促進を図るため、開発室では次の方針に基づき、開発投資を含むより積極的な活動を実施することとしました。
1)基礎的研究成果をビジネスフィールドで利用可能なまでに完成度を上げること
2)プロモーション活動を積極化し技術の認知度およびATRの知名度を上げること
3)自らも事業化を実施し、技術の可能性を具体的に示し、様々な企業様での技術利用を促す「呼び水」的効果を発揮すること
 具体的には、優れた特徴を持ち、かつ様々な分野への応用が想定できる音声合成技術CHATRを成果展開活動の中心に据え進めることとしました。


 3.音声合成技術CHATRのインキュベーション活動

■CHATRとは
 CHATRはATRが研究開発した音声合成技術であり、人の声を収録した音声データを音素と呼ばれる基本単位に分解し音声データベースを作成しておき、この音声データベースの中に含まれる音素をつなぎ合わせて任意の発話を合成するものです。従来の機械的な合成音に比べ人の声に近い合成音が合成可能な優れた音声合成技術です。

■技術的な改良と周辺技術の整備の実施
 開発室では、このCHATRに以下のような改良・開発を行いました。
・CHATRのWindowsへの移植と合成エンジンの改良
・自動ラベリング技術等音声データベース作成用周辺ツール等の開発・整備
・SDK等実用化製品に向けたモジュールの開発

■プロモーション活動
・100社を超える企業様への広報・営業、技術支援
・ニュースステーションを含め延べ2時間におよぶ全国TVネットでの紹介、朝日放送での半年間にわたるCHATRによる実験的放送、各種新聞雑誌への掲載等の実現
・阪急様のタカラジェンヌによる天気予報、東京電話の松坂慶子さんによる音声天気予報など話題性のあるサービスの実現
 なお、上記の音声天気予報では、合成した音声を販売する「音声コンテンツ提供システム」という新しいビジネスモデルを考案し、平成12年(2000年)度の情報化月間にて情報化月間推進会議議長賞を受賞しました。

■事業化と新たな連携の発掘
 上記のプロモーションを通して、多くの企業様に興味を持っていただき、さらに下記サービスを実施し技術の可能性を示すことで、様々な企業様との連携を実現することができました。
・タレントボイスによる携帯電話サービス
・Web上でのバーチャルキャラクタの音声提供
・テレフォンバンキング用音声合成
・音声合成と対をなす音声認識技術のプロトタイピングとプロモーション
 また、これらの活動の結果として平成14年(2002年)度の音声技術関連マルチクライアント型研究プロジェクトの立ち上げに貢献しました。


 4.その他の成果展開

 CHATRの成果展開を重点化して進めてきましたが、それ以外にも下記のような成果を挙げることができました。
・音響監視システムのNTT様局舎監視への導入(平成10年(1998年)度)
・ノートPC版日英双方向通訳システムに関する松下電器産業様との共同開発(平成11年(1999年)度)
・科学技術振興事業団様へ英日翻訳システムの納入(平成12年(2000年)度)
 またATRの先端技術を利用した展示システムを開発、提供してまいりました。
インタラクティブ万華鏡の南紀熊野体験博等多数の展示会等での展示
顔画像合成システムの山口きらら博での展示と商用プロモーション(平成13年(2001年)度)


 5.さらなる飛躍を期待して

 昨年10月より、ATRは新しい研究制度のもと、大きな変貌を遂げつつあります。また従来にも増して優れた成果を求められています。このような時こそ、大きな志を持ち、社会の様々な要請に真摯に耳を傾け、真に解決しなくてはならない課題に挑戦していく姿勢が大切だと思います。また、技術リエゾンセンタも産業界とATRを結ぶパイプ役として、その役割はこれまで以上に重要となります。今後のますますの活躍と発展を期待するところです。