創立5周年にあたって


株式会社国際電気通信基礎技術研究所 代表取締役社長 日裏 泰弘



 1986年の春、我が国で基礎研究の必要性が叫ばれはじめた頃に設立されたATRは、その後、ひたすら基礎研究の道を歩み続け、本年漸く創立5周年を迎えることができました。
 この間、ソフト、ハード両面にわたる研究環境の整備を進めるとともに、研究活動を積極的に推進して参りましたが、その研究成果は質量ともに内外の学会をはじめ関係各方面から相当の評価を受けるまでに至りました。また本年5月、天皇、皇后両陛下のご視察の際にも、これまでの研究成果の一端を親しくご覧いただく機会に恵まれました。
 これも偏に、産・学・官各界をはじめ関係各位の深いご理解と絶えざるご支援・ご協力の賜物であり、ここにあらためて衷心より厚く御礼を申し上げます。
さて、この記念すべき年は、また次なる飛躍のための第一歩でもあり、ATRの真価を問われるのは、まさにこれからであります。私達は、初心忘るることなく、あくまで基礎研究にこだわり続け、それぞれの研究の究極の目標を目指して、更に全力を傾注する決意を新たにしたところであります。
 そのためにもATRは、常に基礎研究に賭ける優秀な研究者の志を大切にし、それを大きく伸ばすための研究所に徹したいと思います。
 特に、ATRの研究は、全て高い創造性が求められており、その成否は研究者に自由がどれだけ与えられているかにかかっているといっても過言ではありません。独創性は極めて個人依存度の強いものであることに思いを致し、その個性を十分発揮できるような仕組みや運営を常に配慮する努力を続けて参りたいと思います。
 幸いにして、ATRは、まだ若い研究所であり、これまでの日本的経営の特徴であった「終身雇用、年功序列」に基づく組織構造や人事政策には染まっていない現状であります。それだけに研究者のもつ創造性や新しい発想を活かすための施策については、柔軟かつ弾力的に対応して参る所存であります。
 更にまた、異なる発想や物の見方・考え方を体験することは、研究者にとって大きな刺激となり、そこから新しい発想も生まれる可能性があることから、これまで海外、国内を問わず多くの客員研究員を受け入れ、相互の交流を図って参りました。このような交流がそれぞれの研究の進展に好結果をもたらしていることを踏まえ、今後とも客員研究員の受入れをはじめ共同研究や国際ワークショップの開催など交流を図るための施策を更に強化して参りたいと思います。
 その他、これまでの研究環境をこの際あらためて見直し、真に研究者のためのものであるようその充実を図るとともに、基礎研究の場にふさわしい学問的雰囲気を一層醸成することもこれからの課題であると考えます。
 ここに5年の歴史を刻んだATRでありますが、研究所として成熟するには、あと少なくとも20年の歳月が必要であります。しかし、そのいずれの時代を問わず、ATRは常に研究者にとって最も「信頼される研究所」であり、また最も「役に立つ研究所」、そして最も「楽しい研究所」でありたいと願い、そのための努力を重ねて参ります。
 いま21世紀を前にして、世界とその社会はこれまでのパラダイムを大きく変えようとしていますが、その中で電気通信技術の果たす役割は極めて大きいものがあります。ATRもまた21世紀の人類と社会に貢献すべく、新しい電気通信技術の創造をめざし、さらに力強く前進を続けて参ります。どうか関係各位におかれましては、この上も一層のご支援とご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。