ATRのメディア情報科学

ubiNEXT:
ミュージアムでの学習体験支援を行う
展示ガイドシステム





深谷 拓吾、 益岡 あや、 高橋  徹、伊藤 禎宣



1.はじめに
 私たちはユビキタス技術を用いた、ミュージアム(博物館・美術館・水族館・資料館・動植物園)における新しい体験モデルに関する研究を行っています。
 博物館法に記されているとおり「国民の教育、学術及び文化の発展に寄与する」という役目がミュージアムには期待されています。しかし、今日では人々の興 味や価値観の多様化に、これまでのミュージアムの活動(学術研究、展示、教育普及等)だけでは対応が難しくなっています。皆さんは期待して美術館を訪れた のに作品をどのように見たらいいのか分らず不満だったり、紋切り型の解説ばかりでつまらないと感じたことがありませんか?ミュージアムを訪れる人は老若男 女を含めさまざまで、より効果的な体験を期待して積極的に訪れる人が増えています。ミュージアム関係者の間ではこのような多様な来訪者の体験をいかに支援 するかということが課題となっています[1], [2]。そのため、私たちは PDA端末とインターネットを使ったubiNEXTという展示ガイドシステムを開発し、それを通してミュージアム来訪者の教育効果を高め、ミュージアムで の体験全体を支援する研究を進めています。

2.ubiNEXT-オンラインとPDAによる展示ガイド-
 ubiNEXTは、ミュージアム内でのPDA端末によるサービスと、ミュージアム外でのインターネットによるサービスの2種類があります(図1)。ミュージアム内では、来訪者がPDAで展示物のバーコードを 読み取ると、その展示物の情報が無線LANを通じてサーバーから送られ、PDAの画面上にインタラクティブな教育的素材を表示されます。たとえば、テキス ト・音声・映像などによる展示物に関する詳しい解説や、展示物に関連したクイズなどの教育プログラムが提示されます。また、展示品の位置情報を地図によっ て来訪者に表示することもできます。ミュージアム外のインターネットによるサービスでは、ミュージアムに足を運ぶ前に学校の先生や来訪予定者が自分専用の ツアーを作っておいて、ミュージアムに実際来た時に、そのツアーで展示を楽しむことができます。また、PDAを用いて見学をした後に、自宅や教室に戻って 展示の内容を仮想的に見たり、自分が見た展示物の履歴を参照し、ミュージアムでの体験を継続することを可能にします。

3.ubiNEXTの特徴-推薦機能
 ubiNEXTの大きな特徴としてあげられるのは、その推薦機能です。推薦機能とは、システムが自動的に来訪者のニーズに応じて、「次はこの作品を鑑賞 することをお薦めします」と、さらなる展示物を推薦する機能のことです。展示物の推薦は二つの要因によって決定されます。
 一つは、各々の展示物に設定されている観点(キーワード)によるものです。たとえば、ある来訪者がゴッホの「ひまわり」を鑑賞したとします。「ひまわ り」に「静物画」・「オランダ」・「印象派」などの観点が設定されていたとすると、システムは自動的に同じ「印象派」つながりのモネの「睡蓮」を推薦しま す。同じ作品でも、観点の違いによってPDAで表示される解説やクイズは変化するので、ひとつの作品に対してさまざまな解釈を来訪者に伝えることができま す。このように、観点によって展示物同士が結び付けられ、展示室をまたいだガイドが来訪者に提供されます。
 二つ目の要因は、来訪者の好みや履歴です。解説やクイズなどで展示物に対する理解を深めたあと、来訪者は個々の展示物に対して好きか嫌いかの評価を PDAの画面をとおして行います。その評価や閲覧履歴、展示物間の距離にもとづき、次の展示物が推薦されます。例えば、「印象派」の観点を持つ作品を高く 評価し、それらの作品を多数見学すると、システムが自動的に来訪者の行動履歴を判断して、「印象派」つながりのツアーを提案します。自分の好みに応じて、 自分専用のツアーが提案されるわけです。これまでは展示デザイナーや学芸員により考えられたひとつのテーマに基づく順序どおりの見学が一般的なものでし た。しかし、最近では新しい情報技術を利用することで、これまでの一方通行的な体験モデルの制約を超えて、自由な順路で体験できるモデルも注目されていま す[3]。来訪者がい つでも好きなときに、好きな情報を入手でき、主体的に展示物を鑑賞する。ubiNEXT では、来訪者の多様な価値観に合わせて、自由でさまざまな観点に基づいた体験を可能にします。

4.教育効果
 ubiNEXTを利用することでどのような教育効果が期待できるのでしょうか。来訪者はクイズや映像などのコンテンツを通して、積極的に展示物とインタ ラクトし、様々な観点による解釈を通して展示物への理解を深め、今まで想像しなかった展示物間のつながりを発見することができます。PDA上に提供される 教育的コンテンツは、来訪者個々の知識や年齢的背景の違いにも対応できるので、来訪者はより有益な知識を得ることができるでしょう。また、インターネット のサービスを利用することで、展示物の見方が不慣れな来訪者も、前もって展示物に慣れ親しむことができるので、ミュージアムを訪れたときに効果的に展示物 の学習ができます。さらに、ミュージアムを訪れた後もミュージアムで得た体験を継続した形で仮想的に体験できるため、一時の学習では終わりません。

5.おわりに
 これからユビキタス技術が発展するにしたがい、実験室を離れた現実社会のさまざまな場面でのユビキタス技術のあり方が問われていくと考えられます。今 後、私たちは、実際にミュージアムでのフィールドワークをとおしてシステムの推薦機能の効果を検証し、どれだけ個人の知識レベルや学習スタイルに合ったツ アーを来訪者に提供できるのか、その個人化されたツアーによって彼らの教育体験をいかに高められるかを研究することで、新しいミュージアム体験のモデルを 提案していきたいと考えています。

参考文献