ATRのメディア情報科学

アニメーションキャラクターを使った
オンラインでの社会的コミュニケーションの研究





メディア情報科学研究所
認知メディア情報学研究室
高橋  徹


1.はじめに
 私たちは人と対面で会話をするとき、言葉だけでなく、身振りや手振り、表情、姿勢、視線、指差し、お互いの間の距離、接触、声の抑揚やスピードなど、様々な非言語的な情報を使って場の雰囲気を作り、意図するところや気持ちを共有し合います。人間同士の対話は、単に情報や意見を伝達し合うのではなく、相手との社会的な人間関係を構築し、それに基づいて意思疎通を行うことで成立しているのです。円滑なコミュニケーションや魅力的なプレゼンテーションを行うためには、言葉による簡潔で正確な表現だけでなく、身体表現を組み合わせた、冗長で複雑ながらも自然で印象的な情報表現が重要になります。
 今日、パソコンや携帯電話の普及により、電子メールなど文字を主体としたコミュニケーションを行う機会が増えました。しかし文字だけの会話には身体的な表現を用いることができません。そのためメール等のやり取りでは、対話における社会性を必要としない側面、つまり言葉によって表現された内容そのものの論理的な理解や判断に極端な比重を置かれてしまうことがよくあります。その結果、フレーミングと呼ばれる非社会的・非生産的な論争や、それを避けるための詳細で回りくどい文章を書かなくてはならない状況にしばしば陥ってしまいます。今後の情報化社会の進展においては、文字表現のみでは欠落してしまいがちなコミュニケーションの社会的側面を技術的にどう支援していくかが重要となります。

2.社会的なメディアとしてのキャラクター
 人はテレビ画面やコンピュータなどのメディアと、実際の人間とを簡単に区別することができます。しかし、メディアは人間でないと当たり前にわかっていても、実際にはメディアに対して無意識に、人と対面しているかのように、社会的かつ自然に振る舞ってしまっているということが報告されています[1]。中でも人間的な見た目や振る舞いをするアニメーションキャラクターは、それに対面する人に、より自然に社会的な振る舞いをさせることができるメディアであると言えます[2]
 私たちは文字による会話とキャラクターアニメーションを用いた会話の比較により、キャラクターアニメーションを用いると、誰がその情報を発したのかという識別がしやすいという実験結果を得ました[3]。つまり、アニメーションキャラクターをメディアとして用いることで、情報がそのキャラクターに関するエピソードとして記憶されやすくなり、情報をより社会的で親しみやすい方法で伝えることができるようになります。このように、人間が本来持つ社会性に基づいた自然な情報伝達が可能なメディアであるアニメーションキャラクターは、コミュニケーションにおける社会的側面の支援という点で大きな可能性を秘めています。

3.TelMeA Theatre:どういうシステムか?
 TelMeA Theatre(図1)は、文字によるメッセージの作文の代わりにキャラクターのセリフや振り付けの台本を作り、それを投稿し合って社会的な会話や意見交換を楽しむ、World Wide Web上でのオンラインコミュニティサービスを提供します[4]。(図2)にメッセージの作成から投稿、そしてそれが他の参加者に読まれるまでの流れを示します。TelMeA Theatreは、いわゆるアバターを使った仮想空間でのチャットシステムに似ていますが、コミュニケーションの方法はリアルタイムのチャットではなくメッセージを作って投稿し合う形式なので、むしろメーリングリストや電子掲示板システム(BBS)に近いシステムです。しかし単なる文字ではなくキャラクターをメディアとして表現することで、音声による発言や身振りや表情のアニメーションといった身体的な表現に加えて、他のキャラクターに近づいたり遠ざかったり、好きなWebページを適当なタイミングで開いて参照したり、Webページ上の特定の画像の横に移動して指差し表現をしながらコメントしたりといった、ディスプレイ上を空間的に活用した表現も簡単に作ることができます。(図3)はTelMeA Theatreで自分のキャラクターによる動きの台本を作成するためのエディタです。例えばエディタ上の「セリフの追加」のボタンを押すと、発言内容(セリフ)を記入する欄とその発言の種類(「言う」「主張する」「賛成する」「約束する」などといった動詞の種類)を選ぶメニューがエディタ内に表示されます。メニューの中から動詞を1つ選択すると、(図4)のような、その動詞に関連付けられたアニメーションの一覧が表示されます。一覧の中からアニメーションを1つ選ぶことで、自分のキャラクターにアニメーション動作をさせながら、記入した発言内容をしゃべらせることができます。
 発言の種類には「セリフ」の他にも「気持ち」「態度」「Webページ参照」「画像アップロード」「画像指差し」の合計6種類があり、それらの組み合わせにより、アニメーションを使った自然なキャラクター表現を簡単に作ることができます。

4.TelMeA Theatreのねらい
 TelMeA Theatreで作成された「台本」は、独自に設計したXML言語の形式に従って整形され、データベースに保存されます。XML形式で整形して記録することの利点として、一つにコンテンツの再利用性の高さが挙げられます。例えばよく使われるプレゼンテーションの流れを雛型として用意することで、キャラクターによる魅力的なプレゼンテーションコンテンツを簡単に作れるようにしたり、複数のキャラクターを用いた対話形式で作成された教材コンテンツを、他の人が再利用して他の教材コンテンツの中に引用したりといった、コンテンツ流通の仕組みを簡単に作ることができるようになります。
 もう一つの利点としては、キャラクターを使って行われた社会的コミュニケーションの解析自動化が挙げられます。TelMeA Theatreによって得られたキャラクター会話データには、誰が、何(他の参加者・Webコンテンツ)に対して、どのような意図(発言・気持ち・態度の種類の選択)で、どのような表現(セリフの内容とそれに伴うアニメーション表現)をしたかという情報が、XML書式に従って記録されます。TelMeA Theatreの中で参加者が使用した意図や表現の種類を分析することで、セリフの内容を詳しく見なくても、参加者同士の人間関係やコミュニティ内での評判を定量化することができると考えています。私たちはこの手法を情報の「社会的要約(Social Summarization)[5]」手法と名づけ、身体表現に基づく社会的コミュニケーションの精度の高い解析方法について研究しています。

5.まとめと今後の予定
 本稿ではコミュニケーションの社会的側面に対するアニメーションキャラクター利用の意義と、その応用システムであるTelMeA Theatreについて説明しました。現在TelMeA Theatreは日本語版、英語版、オランダ語版が作成されており、ベンチャー企業であるNext Solutions社とのパートナーシップにより、アプリケーションサービスとしてビジネス展開を進めています1。また共同研究の枠組みの下、オランダのインターネット接続業者Planet Media Group社の運営する子供向けポータルサイト「KidsPlanet2」や、国内の高校や大学の教員によるNPO法人が運営する遠隔教育サイト「e-教室3」など複数のオンラインコミュニティに導入することで、キャラクターを用いた社会的コミュニケーションの実践的データを蓄積しています。私たちはこのような実践を通して得られたデータの解析を通して、コミュニケーションの社会的側面に関する理論を構築し、情報化社会における人と人、人とメディアとの対話における社会的側面を体系的に支援する技術の開発に貢献したいと考えています。


1 http://www.telmea.com
2 http://www.kidsplanet.nl
3 http://www.e-kyoshitsu.org

参考文献