コラム


我々の日常生活の中で、新しい会社の発足に立ち合うことのできる機会など、めったにありません。私にとって、1993年のATR音声翻訳通信研究所の発足は、出向期間を一年間延長して臨んだ、正に一大イベントでした。発足前は、人的環境が替わることに対して多少の不安もありましたが、実際には良き指導者や仲間に恵まれ、とても有意義な時を過ごすことができました。日々の研究を進める中、研究所紹介のためのパンフレットやビデオの製作委員の一人として、その製作現場に立ち合い、その出来栄えに一喜一憂したことなども今ではとても良い思い出です。ATRに在籍できたことを誇りに思っている一人のOBとして、ATRのさらなる躍進を心より願っています。

元 第一研究室 研究員 鷹見 淳一
(現 日本ビクター(株)技術開発本部 中央研究所 第一研究部 第一研究室 研究員)




自分と違うパラダイムを持っている研究者らとの議論は、時にはなかなかハードでしたが、それだけにとても貴重なものでした。出向元企業内ではあまり経験できないことです。議論を通して良質な問題に容易に出会えることはとてもありがたいことで、それらの問題に正面からチャレンジできたことが、自分の可能性を信じる機会を与えてくれました。

元 第二研究室 研究員 岩橋 直人
(現 ソニー(株)中央研究所 第二基盤研究部 研究員)




I came to ATR in the spring of 1992 after finishing my doctorate at Cambridge University. It was therefore my first step in my professional life and I was unsure of what I could expect. Fortunately, settling in was made very easy by the friendly, casual and international atmosphere at ATR. The working environment too, was a nice surprise. Coming from a place where I always had to watch my disk space and carefully time my processes. I found that the resources at ATR gave me some much appreciated freedom. Not only that, also my supervisors allowed me to pursue the research that I liked, which eventually lead to some theoretical discoveries in the theory of stochastic modeling.
I left ATR to take up my assignment at Philips GmbH in Germany, because after spending 10 years abroad (7 years in Cambridge, 3 years at ATR) I felt that the time was right to return to my home country. Nevertheless I often warmly remember the friendly academic environment at ATR and I look forward to visit ATR again some time in the future.

元 第一研究室 奨励研究員 Helmut Lucke
(現 フィリップス社 研究員)(ドイツ)




ATRの良さはいろいろな機関からの出向者の集まりという点にあります。同じ釜の飯を食う仲間ですから研究員同士は自然と親しくなれます。「たばこ部屋」で様々な研究員と激論を交わしたことが懐かしく思い出されます。その上、国内外との交流も多いわけですから色々な人と出会えました。私が得た最大の蓄財はこうした人的ネットワークです。私の感想を一言で述べるなら、「ATRで拡げよう友達の輪」です。

元 第四研究室 主幹研究員 浦谷 則好
(現 日本放送協会 放送技術研究所 先端制作技術研究部 主幹研究員)