創立10周年を迎えて

−新世紀へのかけ橋を目指して−



(株)国際電気通信基礎技術研究所 代表取締役社長 日裏 泰弘




 1986年、新しい電気通信技術の創造をめざし設立されたATRは、その後、新しい研究所づくりのなかで基礎研究一筋にその道を歩み続け、本年漸く創立10周年を迎えることができました。この10年間は、国の内外ともに新しいパラダイムを模索する激変の時代でありましたが、ATRもまた、基礎研究という未知の世界を模索しながら積極的な研究活動を展開し、今日までに内外から注目される質の高い数多くの研究成果をあげて参りました。また、創立当初の4研究開発会社が順次研究を終了したのに引き続き、新研究開発会社を設立して参りましたが、本年3月、4社全てが出揃い究極の目標達成に向け、研究活動が一層活発化してきたところであります。これも偏に、産・学・官各界をはじめ関係各位の深いご理解と絶大なご支援・ご協力の賜物であり、ここにあらためて衷心より厚く御礼を申し上げます。
 さて、この記念すべき年は、ATRがこれまで蓄積した研究エネルギーと研究成果を軸にして、新しい世紀に向けその真価を発揮する第一歩でもあります。ここに私等は、あらためてATR設立の基本理念に深く思いを致し、初心忘るることなく、更に創造的な基礎研究の推進に全力を傾注する決意を新たにしたところであります。顧みますと10年前、ATRの出発にあたり、「研究の自由がある研究所〜創造性の発揮」・「自分の顔を持った研究所〜ユニークな人材とその研究」・「活気ある明るい研究所〜研究の楽しさ」の3目標を掲げ、総力をあげて新しい研究所づくりに取り組んで参りました。今後とも更に、独創的な基礎研究を進めるための幅広い施策と努力を重ね、「魅力あるユニークな研究所〜研究の聖地(メッカ)」を目指したいと思います。
 また、21世紀は創造力の時代であり、その成否は国の将来を左右すると言っても過言ではありません。そのため昨年11月には、科学技術創造立国を目指した「科学技術基本法」が成立し、また国の研究開発費が大幅に増額されるなど、わが国の研究環境も大きく変わって参りました。それだけに先駆的役割を担ってきたATRに対する期待も大きく、その時こそ一人一人の研究者が、ATRの研究で生かした創造性で、その力を発揮するものと確信しております。そのためにもATRは、研究者の自由且つ大胆な発想を大切にし、これを大きく伸ばす研究所に徹して参りたいと思います。更に、最近の科学技術のめざましい進歩は社会を変え、人間の生活を豊かにしてきましたが、その反面、人間的なものへの飢餓感などが増大したことが指摘されております。これを電気通信分野でみても、このところ急速に普及してきたインターネットやマルチメディアは、その操作が極めて難しく、著しい情報格差を生む原因にもなっています。これまでの技術はひたすら光の面を追求してきましたが、これからは、その影の部分をいかにしてなくすかが求められてきます。この要請に応えるためにもATRでは、人間不在の技術から人間主体の技術を目指し、「人間に学ぶ」研究が進められていますが、その成果を大いに期待しているところであります。
 ここに10年の歴史を刻んだATRでありますが、成熟した研究所にはなお遠く、まだまだ若い研究所であります。これからもこの若さを生かし、リスクの大きい冒険的、先駆的な基礎研究に挑戦して参りたいと思います。今、世紀末と言われる時代になりましたが、前世紀末の新しい発見や発明が、20世紀の人類と社会に大きく貢献したことを思い、ATRもまた、その研究成果を新しい世紀につなぐため、更に力強く前進を続けて参ります。どうか関係各位におかれましては、この上とも一層のご支援とご鞭撻を賜りますようお願い申しあげます。