次世代光電子素子をめざしたデバイス研究の展開



1.はじめに
 前稿までに述べてきたデバイスは、将来の空間光通信のためのキーデバイスとして研究を進めているものです。空間光通信を実現するためには、光ビームを発生する発光素子、検出するための受光素子、および発光の方向を通信相手の方に適確に向けるビーム制御素子が必要となります。本特集では、そのための受発光素子(横型p-n接合を用いた光電子素子の高密度集積化)およびビーム制御デバイス(2次元マイクロキャビティレーザ、“マイクロオリガミ”による新機能光素子)について紹介してきました。これらのデバイスは、いずれも周期律表のIII族元素とV族元素とを組み合わせた化合物半導体を材料として用いています(表1)。ATRでは、設立以来15年以上にわたって、化合物半導体単結晶薄膜の成長技術、加工技術およびデバイス応用に関する研究を進め、空間光通信用としてのデバイスを提案できるところまで進展させてきました。
 本稿では、化合物半導体を使用する利点を述べた後、本特集で紹介したデバイスを集積化して次世代の光電子素子実現をめざした試みについて紹介します。

2.化合物半導体の特長
 現在、もっともよく知られた半導体材料はシリコン(Si)でしょう。高品質の結晶が得られ、多くのLSIのもととなっています。シリコンは、1種類のIV族元素よりなる結晶半導体ですが、結晶中に規則正しく並ぶ原子を交互にIII族元素とV族元素とに置き換えたものがIII-V族化合物半導体結晶です。代表的なものとしてガリウム砒素(GaAs)があげられます。シリコンは発光素子として用いるのが難しいのに対して、化合物半導体は高効率の発光を示すものが多く、しかも発光の波長を元素の比率に応じて連続的に変化させることができるという特長を持ちます。たとえば、GaAs(発光波長は約880 nm)にIII族元素であるAlを混合してAlGaAsとすることにより、GaAsの発光波長よりも短い波長で発光させることができます。他のIII-V族元素も利用すれば、紫外光から可視光を経て赤外光にいたる広い範囲の波長で発光する発光素子を作製することが可能です。
 また、化合物半導体中では、電子がシリコン中よりも高速で移動できることが知られており、電子素子を作製した場合に高速で動作させることができるという利点もあります。

3.ビーム制御デバイスと受発光素子との集積化による次世代光電子素子
 前稿で述べたように、化合物半導体の成長・加工技術を駆使すると、小型・高速・堅牢で低電圧動作が可能な光走査素子を作製することができますが、当所の受発光デバイスと組み合わせることにより、次世代光電子素子を構成できる可能性があります。図1に、このような素子の例を模式的に示しました。
 これまでにも、このような素子は提案されていましたが、大部分がシリコンによるものでした。シリコンの加工技術は完成度が高く、性能の高い素子・システムのデモンストレーションが行われています[1]。しかし、シリコンでは発光素子を形成するのが難しい等の問題により、大多数の提案においては、作製は個別素子の組み合わせによっていました。それに対して、当所で開発した化合物半導体技術を利用すれば、受発光素子とビーム制御素子とを一体化した集積化光電子素子の作製が可能となります。多数ビームを高速に制御することが可能な光電子素子をコンパクトに作製できる可能性があり、これまでに蓄積してきた化合物半導体技術を駆使することにより、次世代素子が実現できると考えています。

4.目に安全な光源をめざして
 空間光通信においては、用いる光が万一人の目に入っても安全なように、人の目に無害な光とする必要があります。この目的にかなうレーザはアイセーフレーザと呼ばれ、空間光通信におけるキーデバイスです。本稿で述べた化合物半導体を用いると、赤外領域で発光するレーザを作製することが可能であり、ここにも、化合物半導体を利用する大きなメリットがあります。
 私たちは、III-V化合物半導体の一種であるInAsを直径数十nmの大きさの結晶にすると(量子ドット)結晶の大きさにより発光波長を変化させることが可能となることを利用して、アイセーフレーザの実現をめざしています。発光波長が長くなっても発光量が低下しないことが課題となっており、この克服に向けて、膜構造の改善等を進めています。図2にこれまでに得られた結果を示しました[2]
 将来は、同じIII-V化合物半導体を用いていることを活かして、3.に述べた次世代光電子素子に組み込み、アイセーフ条件を満たした光素子の実現に向けた研究を進める方針です。

5.おわりに
 化合物半導体を用いた、人の目に安全な波長領域で動作する発光素子、受光素子、ビーム制御素子を一体化したデバイスをめざした研究について述べてきました。今後は、集積度の向上に向けて個々の素子をより微細化することも求められています。このような要求に応えるために、mm以下の大きさの素子加工が可能な、電子線リソグラフィー装置や原子間力顕微鏡を用いた微細加工技術の研究にも既に着手しています。
 将来の超高速・大容量光通信システムへの応用をめざして、これまでに培った技術をさらに発展させて、高性能デバイスの実現を図りたいと考えています。




参考文献


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