−人間情報通信研究所プロジェクト終了
プロジェクト終了にあたって

自然に見る仕組み
−快適な人工的視覚環境の実現に向けて−




(株)ATR人間情報通信研究所 第五研究室長 藤井 真人



 自然で高臨場感を創出できる人工的視覚環境や、氾濫する情報をさばくための視覚的インタフェース技術の開発には、ヒトの視覚情報処理の理解が不可欠である。私達は、自然な視覚情報提示の要素技術提案に向け、視野の広がりに対応した情報選択機能、奥行き知覚、および実空間により近い状態である広視野立体視について、主に心理物理的手法によりその解明に取り組んできた(表1)。

1.情報選択機能

 効率的に視野内から情報を抽出する機能に着目した研究を進めた。たとえば、視野内に分布する色彩を瞬時に知覚する過程について、色覚の低次の処理過程では説明できない能力のあることを明らかにし、より高次の機能を取り入れたモデルを提案した。応用として、モデルの効率的色彩情報処理能力を画像検索に適用し、印象の近い画像が検索できることを示した[1]。その他、漢字学習者の眼球運動、注視点における集中度が周辺視野の感度に及ぼす影響、眼のレンズ系の特性も考慮した視覚の時空間処理過程、高次の運動知覚過程等について調べ、見やすい画像提示法や人に代わる映像評価手法の要素技術につながる成果を上げた。

2.奥行き知覚
 両眼の存在は、優れた奥行き知覚能力をもたらす一方で、片目でしか見えない領域の処理や、異なる左右の網膜像を一つの視知覚像とする機能を必要とする。これらの機能の理解は、自然な立体視を提供する表示システムの確立に欠かすことができない。その好例が立体ディスプレイの画枠付近で生じる奥行き知覚ひずみである。これは画枠による片眼情報の欠落が原因であり、片眼情報欠落が自然界にないパターンの場合に発生することを示し、その改善法も提案した[2]。また、より良いスクリーン形状の可能性を求め、知覚的に左右の像がほぼ同じとなる3次元空間内の面 を調べ、上が奥に傾いた緩やかな凹面であることを明らかにした[3]。これらの結果は、視覚心理的手法により明らかにすることのできた表示装置の設計指針である。その他、奥行き知覚に関する錯視の研究、運動知覚と奥行き知覚の関連性に関する研究、視方向の研究などでも基礎的成果を上げた。

3.広視野立体視
 自然で臨場感の高い人工的視覚環境の要件を明らかにするため、広視野立体視条件で生じる特有の身体反応や知覚現象を調べた。その結果、視覚情報に誘導される自己運動が広視野立体視条件で顕著に現れること、両眼視差が姿勢制御に強く寄与することなどを明らかにした[4]。また、視野内の垂直方向の視差に適当な分布を与えると、幾何学的な考えでは説明できない奥行き知覚を生じる現象について、体系的な研究も進めた[5]。この現象は像を見こむ角度(視野角)が30度を越えるような広視野立体視条件ではじめて生じる。上記2例は、視野角を考慮した技術の必要性を示している。

4.自然な視覚情報提示法に向けて
これまでは主に人工的視覚環境における“みえ”に着目した研究を主に進めてきた(図1)。より自然な視覚情報提示法を確立するためには、今後、視覚刺激に対する身体反応、脳内活動についてもより詳細に検討を進める必要があると考えている。