英語リスニング・スピーキング科学的上達法



1.はじめに
 日本人の英語コンプレックスを何とか解消できないものでしょうか。私たちの研究室では人間がどのように言語音の聞き取りや発音を学習するかということを研究しています。その成果の一つとして、人間の情報処理の仕組みを考慮し、最新の音声技術を取り入れた訓練方法を用いることにより、従来は無理だと考えられていた成人による英語音声のききとりや発音学習が可能であることが明かになりました。また、ききとりと発音の相互作用、年齢効果など、学習に関連する重要な要因も明らかになりつつあります。そこで、これらの研究成果を「日本人の英語コンプレックス」の解決に役立てていただけるのではないかと考え、過去2年間に標題と同じタイトルの実用書を3冊出版しました(図1[1]-[3] 。ここでは、これらの書籍で取り上げた学習方法に関連した研究についてご紹介します。

2.リスニング学習
 日本語話者が特に苦手とする/r/と/l/のききとりを中心に、成人(大学生)を対象として学習実験を行いました。たとえば/r/と/l/の学習では、判断する際に、/r/または/l/の音だけしか手がかりに出来ない、"red"-"led"のような単語の組み合わせを何通りも用意し、音を呈示、どちらの単語か回答、正誤のフィードバックを呈示、ということを繰り返しました。また、1人の話者の声だけで訓練するのではなく、複数の話者の声を用いました。その結果、訓練で使わなかった話者の発音や、訓練で出現しなかった単語内の/r/と/l/でも聞き取れるようになり、その訓練効果は6カ月後のテスト時でも保持されていることが分かりました。「新しい音の学習は子供のうちでないと駄目だ」という常識をくつがえす結果が出たのです。
 また、ききとりの訓練しか行わなかったにもかかわらず、訓練前後の/r/と/l/の発音の明瞭度(どの程度ネイティブに正しくききとってもらえるか)を測定したところ、発音能力も向上しており、ききとりと発音との間に相互作用があることを具体的に示すことができました。

3.発音学習
 発音に関しても、/r/と/l/を取り上げ、パソコンを用いた個別学習方式の訓練で効果が上がるか実験しました。発音の訓練では、発音に関係する舌などの器官の動きを外からモニターするのが困難なため、学習者への情報呈示方法が問題になってきます。そこで、わたしたちは3つの工夫を取り入れました。
 学習の最初の段階で、/r/や/l/の舌の形をわかりやすい方法で教示しましたが、その際、一つめの工夫として、三次元CGの動画を用い、頬を半透明にすることによって、学習者に舌などの調音器官の動きを可視化して表示しました(図2)。このように示すことにより、/r/または/l/だけの音(つまり、r―、またはl−と伸ばす音です)は、意外なくらいすぐに発音できるようになります。
 次の段階では、正しく発音できたかどうかチェックしながら単語の発音を重ねる練習を行いました。この時に、2番目の工夫として、声紋表示をフイードバックして練習する方法を取り入れました。また、発音の良し悪しが定量的にはっきりわかるように、3番目の工夫として、音声認識システムの出力する評価値を用いました。
 このような方法を行いた学習実験を行い、訓練前後で発音の明瞭度を比較したところ、/r/と/l/の発音が飛躍的に上達することが明らかになりました。
また、発音訓練の前後で、ききとり能力も測定したのですが、発音訓練の効果は、ききとり能力向上にもつながっていました。

4.学習と年齢
 以上の実験はすべて大学生を対象にしたものです。より若年あるいは高齢の学習者の場合、訓練効果はどうでしょうか。これに答えるため、現在、小学生から中高年の方まで幅広い年齢層の方々に、大学生と全く同じ学習を体験していただいています。実験は継続中ですが、今までのところ、高校生では大学生と同程度の訓練効果が得られることが明らかになりました。また、50歳代、60歳代の方々についても訓練効果が十分にあることが明らかになってきました。語学学習において「若くないから」という言い訳は通用しなくなりそうです。

5.遠隔学習に向けて
 遠隔学習の可能性を模索することと、いろいろな方のデータを収集するという2つの目的のため、1998年4月に、「インターネットを利用した英語音ききとり・発音に関する公開実験」を開始しました(URL: http://bluebacks.hip.atr.co.jp/)。まだ、日本人を対象として試験的に運用している段階ですが、1年半で、3000件以上もの示唆に富んだ実験データが送られてきています。これは、離れた場所の人同士を結ぶネットワークの利用が、語学学習の一つの形態として有効であることを示しています。

6.母語との関係
 「何故日本人は英語が苦手なのか」ということをよく尋ねられます。教育方法や生活レベルでの必要性など種々の要因がありますが、音声情報処理の立場から答えるなら、第一言語である日本語システムとの違いが大きな要因として考えられます。実際、韓国の大学生と日本の大学生では/r/と/l/を全く異なるききとり方をすることがわかりました。母語との干渉効果をつきつめることによって、より根本的な解決方法が見つかる可能性があります。

7.音韻学習と英語学習
 「音韻(母音や子音)を学習することが英語コミュニケーション能力にどう影響するのか」と問われることもあります。音韻がききとれたからといってそれだけで英語が出来るわけではないことは言うまでもありません。
 しかし、人間の音声情報処理の過程を考えると、音韻の学習が重要であることが示唆されるのです。耳から入ってきた音声は、処理の初期過程で、音韻の列として解読され、後に、単語、文法の解読、知識を利用した意味内容の理解、つまり情報処理の後期過程へと処理がすすんでいきます。これまでの英語学習は、どちらかというと後期過程に重点がおかれており、初期過程の学習は軽んじられてきたといえます。しかし、初期過程の音韻の学習が出来ていないため、後期過程に過度の負担がかかっている可能性は大いにあります。わたしたちは、音韻の学習に焦点をあて、一定の成果を出すことができました。今後、音韻の学習を、情報処理の後期過程に有機的につなげていくことにより、英語コミュニケーション能力を飛躍的に向上させることが出来るのではないかと考えています。

8.おわりに
 わたしたちが考える英語リスニング・スピーキング科学的上達法とは、(1) 人間の情報処理の仕組みに基づいた方法であり、(2) 訓練効果が学習実験で証明された方法であり、(3) 音声認識やマルチメディアなど先端技術を効果的に取り入れた方法であり、(4) 情報インフラを高度に活用した方法です。
 冒頭に挙げた書籍の中で呈示した学習方法は、英語のコミュニケーション能力を包括的に高めるには至っていないにもかかわらず、一般の方から大変な好評をいただいています。書籍も増刷を重ね、発行部数は3冊で合計8万部を突破しました。これは、外国語学習の情報化に関して新たなあり方を示せた結果ではないかと自負しています。目前に迫る21世紀に向け、わたしたちの研究成果が語学教育の情報化、そして、効果的な遠隔学習につながっていくことを期待しています。

参考文献


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