


ATR マネージメントの脱皮をめざして
(株)国際電気通信基礎技術研究所 企画部長 唐津 治夢
ATRグループが設立されて、一昔と語る以上の時間が経過した。累計で1,300名以上の卒業生(かつて研究者等としてATRに在籍した経験者)を送り出している。“ATR
Who?”と言われた、駆け出しの時代からみると、格段に知名度も上がってきた。研究活動・成果に対する各界からの評価も、我々の期待を上回る。昨年、ビジネス・ウイーク誌のインターネット・ホーム・ページに掲載された「世界の研究所ランキング」におけるATRグループの活躍は、如実に事情を物語る。ATR先人の努力による業績の蓄積は、次なる研究領域の開拓と展開を待っている。まさに、新時代への発展を期して、次なるATR像を新たに構築して行くべき時にある。
こうした視点の元、昨年秋に 4カ月ほどの時間をかけ、ATRマネージメントの在り方に関するスタディを実施した。外部のシンクタンクの力も借りて、ATR内外の識者へのインタビュー、アンケート調査、類似他機関との比較調査、これらのデータを基にした討論などを展開した。得られた様々な分析、提言は、すでにATRの運営、企画立案に反映させている。
本誌読者がお持ちのATR像と比較してご覧になるのも一興と思い、インタビュー結果の概要を紹介してみたい。インタビューは、学界、出資企業、政府、ATR社内など40名以上の関係者に対して、匿名による面接意見聴取方式で行い、率直な意見をいただくことができたと思っている。
ATRに対する積極的評価としては、日本で先駆的なオープンラボを実現し、短期間に音声翻訳、仮想現実、運動機構などいくつかの分野で先導的成果を得られるようになったこと、内外特に海外の有力研究者に対する人的ネットワーク作りに成功していること、プロジェクト制基礎研究を根付かせ、機動性・メリハリのある運営をしていること、ジャーナル発行・ワークショップ開催など情報発信をよくしていること、と言ったような研究活動・体制に対するユニークネスを指摘する意見が多い。これは、大変ありがたいことと思う。
これに対して、問題点・課題としては、出資者として増資の繰り返しによるATRへの資金拠出の困難性を挙げる声が圧倒的であり、さらに、研究テーマ選定過程、得られた成果の利用などに関して、アクセスがしにくい、個別テーマごとに突っ込んだ連携がとれるようにしたい、知的所有権に対するアクセス条件が中途半端である、などの意見が続く。学界からは基礎基盤技術研究を行うように位置づけられているにもかかわらず、成果による目に見える投資資金回収を求められる基盤センター制度の矛盾を指摘する意見が根強い。
これらの指摘課題には、ATR自身の努力で改善可能なものと、それ以外のものとが含まれる。自己努力による改善が可能な課題として、テーマ選定、成果利用へのアクセスの改善がある。これについて、今年度研究計画策定段階で、関連出資社への意見照会を試行した。多くの社から様々な意見・コメントを頂戴することができ、可能なものから計画への反映を開始した。本年11月の研究発表会の折には、従来の講演・デモと平行して、出資社とのテーマごとの意見交換の場を設けるように計画中である。こうしたアクションにより、研究内容に対するアクセシビリティが大幅に改善されるものと期待している。
ATRからの論文発表などは、欧文が多数を占めていたが、本ジャーナル誌は邦文のみであった点を改め、情報発信強化のために、ジャーナル欧文誌を新たに計画し本年6月に第1号を発刊した。当面は、欧文誌を年1回継続発刊する予定である。従来、個別テーマごとの委託研究受注は行ってこなかったが、今後ATRグループとして体制を整え、これらの仕事を受ける仕組みを準備した。これにより、出資社のニーズにより密着した研究に取り組み、成果展開へのスムースな移行に結び付けていけることを期待している。
冒頭に記した我々の意気込みとは裏腹に、昨今の経済情勢は、基礎基盤技術に対する研究費支弁に強い逆風をもたらしており、ATRグループも風当たりのただならぬ様を感じている。このような時であればなおさら、将来への布石としての基礎研究が大切な時期である。その担い手として自負するATRが、よくその期待に応えてゆけるように、社会のニーズに敏感で、十分期待していただける地力を持った機関として脱皮する、自己改革の努力を続ける覚悟である。