


「以心伝心」への期待
(株)国際電気通信基礎技術研究所 取締役経理部長 石渡 隆人
年が改まり20世紀も残すところあと3年となりましたが、正直なところ最近は年が変わっても「今年こそは」と誓いを立てるような新鮮な気分にはなれず、むしろ1年間という時間の早さを痛感し、将来に対する焦燥感のようなものを感じることの方が多くなってしまいました。
人口論的に見ると日本では1995年をピークに生産年齢人口(15〜64才)は減少を始めており、昨年(1997年)には年少人口(0〜15才)と老年人口(65才〜)が逆転したそうです。21世紀を担う若者よりも20世紀での生産活動を終えた高齢者の方が多い時代に転じたということを示しています。厚生省人口問題研究所の予測によると、10年後の2008年頃には日本の総人口そのものが減少し始めるとのことです。また、マスコミ等で最近2020年という年が注目されていますが、これは高齢化のピークが来ると言われてきた年です。しかし最近の少子化傾向が続けばそれ以後もさらに老年人口の比率は上昇を続けるということであり、高齢化はまさに急ピッチで進んでいることを再認識する必要があるのではないでしょうか。
高齢化社会の抱える問題というのは社会保障制度や国民負担の問題、あるいは国力維持といったマクロ的な観点から様々な指摘がなされていますが、人間一個人にとってみても高齢化による身体機能の低下というのは何かとやっかいなことをもたらすものです。私の身近にも老化とともに成人病からきた脳の障害により人とのコミュニケーションが不能に近い状態になり、人生の楽しみを失ったまま生き続けている人が何人もいます。身近にそういう人を見ていると、明日はわが身という不安感が自然と強くなってくるものです。
そこで期待されるのはそういう老化等により人体の機能の一部が衰えたときに、人生に対する楽しみをサポートしてくれる技術、すなわちバリア・フリー&人生エンカレッジを実現する技術です。現在でもおそらくその方面の研究開発は各方面で進められているのでしょうが、明日はわが身という不安に駆られている身としては、よりいっそう重点的に取り組んで頂くことを願っています。エージェントとか電子秘書という概念が既に応用技術の中に用いられてきていますが、ビジネスシーンだけでなく、社会的弱者の生活シーンでの実用化を重視した開発を是非期待したいものです。事業としてもマーケット規模は結構大きいものがあるのではないでしょうか。
たとえば新聞や本を好きな人の声でなめらかに代読してくれるロボット、電話番号などを覚えていなくても声でつながるテレビ電話などは、既に実用化に近いところまで来ているようですが、人の体調や脳の活動状態を察知して最も心地よい気分にさせるような映像や音楽を提供する装置等、勝手に書けばきりがないほど多種多様なニーズが存在するでしょう。そして誰しもが期待する究極のニーズは文字どおりの「以心伝心」を可能にする技術と言えるのではないでしょうか。たとえ脳の病気で言語機能に障害が残っても、特別の努力なしに人とのコミュニケーションができるとすれば、はるかに生き甲斐を感じることができるであろうと思われます。
21世紀のキーワードの一つは「人に優しい技術」と言われていますが、まさに高齢化社会にはそれが次々と実用化されていかねばなりません。ATRが設立の時から掲げてきた「人に学ぶ」という研究コンセプトから得られるいくつもの知見が21世紀には見事に花開き、人に優しい技術となって世の中に大きく貢献することを期待し確信しています。