ミリ波電波で移動通信も情報インフラに
−光ファイバ・ミリ波パーソナル通信−
1.はじめに
固定通信では光ファイバ網により、家庭まで含めて高速・大容量通信ができる情報インフラストラクチャーが整備されつつあります。一方、移動通信は“いつでも、どこでも、だれとでも”通信できる利点があり、自動車電話・携帯電話やPHSのユーザが激増しています。しかし、現在の移動通信に使われているUHF帯(300MHz〜3GHz)の電波は使用できる周波数の帯域幅が限られているために、送れる情報量に限界があります。将来、移動通信をマルチメディア化するためには、音声だけでなく高速データや動画像など、どんな情報でも伝送できる必要があります。そこで、これを解決する方法として、大容量伝送が可能な特長を持ち、現在まで充分な利用がなされていない新たな周波数帯であるミリ波帯(波長1〜10mma、周波数30〜300GHz)の電波を用いることに注目し、その開拓を進めました。
2.ミリ波無線と光ファイバ通信の場合
ATRではこのミリ波電波の信号を光に直接載せ、光ファイバを通して無線区間に伝送するシステムを提案し、研究を進めてきました[1]。ミリ波電波のもう一つの特長は、到達距離が短く、ほぼ直進することです。この特長は、無線ゾーンを構成するときに利用できます。このシステムではサービスエリアをマイクロセルゾーン(半径が100メートル程度の無線ゾーン)と呼ばれる小さなエリアに区切って使いますが、このような性質は、信号の混信を軽減でき、無線周波数を効率良く使用できます。また、波長が短いためアンテナ等の装置を小型化できるメリットがあります。このようなミリ波無線通信の利点を活かすため有線部分には低損失、大容量な特長をもつ光ファイバを用います。このようにミリ波と光ファイバを融合することによって得られる最大の利点は、無線基地局の構成を簡易化できること、すなわち、ミリ波/光変換のみで済み、既存無線基地局が備えている機能を制御局に集中設置できることです。無線基地局が簡易に構成できることと光ファイバの低損失な性質を用いれば、街や屋内の隅々までエリア内をきめ細かくサービスすることが出来るようになります。また、ファイバの広帯域性を利用して、ミリ波帯のたくさんの情報を一度に同時に伝送することが可能であり、光ファイバ網とのシームレスな接続も考えられます。
3.システム実現に向けて
このようなシステムの有効性を示すために、当研究所では、モデルシステムを構築し、その基本性能の評価を進めています。図1に実験系統図を示します。
FMと広帯域ディジタル信号を用い双方向の伝送実験を予定しています(上り48GHz,下り43GHzで無線局免許を申請中)。無線基地局は2ゾーン構成とし、ゾーン間での切り替えもできます。制御局では、アナログの信号とディジタルの信号をスイッチで切り替え、それぞれ外部光変調器(EOM)と呼ばれる変調器に入力します。2つの変調器の光出力は波長が異なり、制御局で合成され1本のファイバで無線基地局へ送られます。無線基地局では、波長の違いを利用して2つの信号がゾーン1とゾーン2に分けられ、各々のゾーン内にある移動局と通信を行います。この系統図では、アナログ信号1をゾーン1側に、広帯域信号をゾーン2側に割り振るようになっていますが、制御局のミリ波スイッチを切り替えることにより、この関係を反転させることも可能です。また、ゾーン1側では、下り回線(制御局から移動局側)の他に上り回線(移動局から制御局側)も備えており、双方向の通信が可能になっています。現在、この系を試験的に設定し、双方向でアナログ信号の画像伝送が可能なことを確認しました。
4.装置の小型化が重要
このシステムではマイクロセルゾーンを用いるため、実用化に際しては多くの基地局が必要になってきます。そのため、携帯機とともに基地局装置を小型化していくことが非常に重要な課題となってきます。小型化に有効な手段として、当研究所では、以前からGaAs基板の上に薄い誘電体膜を多層に積層したモノリシックの集積回路(多層化MMIC)を提案し、開発してきました[2]。この多層化MMICを用いたミリ波帯の基本回路の性能を評価し、本システムに適用できることを確認しています。本ICを適用することにより、従来に比べて大幅な装置の小型化が可能になり、将来的には腕時計サイズの携帯TV電話も可能になると期待されています。
5.将来のパーソナル移動通信
ATRで開発を進めているミリ波を使ったパーソナル通信の将来イメージでは、集中監視を行う制御局から、街の中や建物の中、地下街・トンネルなど、可能な所まで光ファイバを伸ばして無線基地局を配置し、ここで光とミリ波を変換して周囲の無線ゾーン内にあるパーソナル移動局とミリ波電波で通信を行っています。このようなシステムのアナロジーとしては、日常生活でのインフラストラクチャーになっている照明設備があります。ビル内はすべて照明器具で明るく照らされていますし、外の道路には街路灯があります。これらの器具には電線を通じて配電されています。一方、ここで提案した移動通信網では光ファイバが電線に、光/ミリ波変換器が照明器具に、そしてミリ波電波が光に相当していることが容易に想像できると思います。このように、移動通信網を電灯線のようにインフラ化することにより電波の暗闇を追放できます。このようなシステムを実用化すれば、移動通信もマルチメディア化され、“いつでも、どこでも、だれとでも、どんな情報でも”通信できるようになります。通信の究極の姿が、もうそこまで私たちの身近にやってきています。
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