あなたの曖昧な要求を理解します
−通信サービスの要求理解−
1.はじめに
ネットワークや通信サービスの設計に精通している専門家以外の人、すなわち非専門家が、通信サービスを開発するネットワークのオープン化が進みつつあります。一方、通信サービスが多様化し、通信サービスを実現する通信ソフトウェアはますます複雑で大規模なものになっています。当研究所では、非専門家が記述した通信サービス仕様に基づき実際の交換機の動作を可能とするソフトウェア自動作製手法の研究を進めています。
完全なサービス仕様からソフトウェアへ変換するソフトウェア自動作成の研究は他の機関でも行われています。しかし、非専門家がはじめから誤りのない、完全なサービス仕様を書くことはほとんど不可能です。そこで、不完全なサービス仕様から通信サービスとして意味のある完全なサービス仕様への変換が必須となります。不完全な仕様に含まれる要求を理解し、完全な仕様へ変換することを要求理解と呼びます(図1)。
2.ユーザが記述するサービス仕様
通信サービス仕様を記述する仕様記述言語の一つに、既に本ジャーナルでも紹介されているSTR(State Transition Rule)[1]があります。また、よりユーザフレンドリな記述の仕方としてサービス仕様を日本語や図形を用いて記述することも可能です。これらの記述はSTRに変換することが可能です[2]。更に、STRで記述された完全な仕様から、実際の交換機で動作するソフトウェアを自動作成することができます。そこで、サービス仕様はSTRで記述されたものを対象とします。サービスの仕様は、電話端末を操作したときに、端末がどのように状態遷移するかという規則の集合により定義します。例えば、ダイヤルトーンが聞こえている端末Aから空き状態の端末Bの番号を回す(ダイヤルする)と、端末Aでは端末Bを呼び出す音が聞こえ、端末Bでは呼び出し音がなります。この遷移規則をSTRでは図2のように書きます。
STRを用いてサービス仕様を記述する場合の特徴は、サービスを受けるイメージをそのままで書くことができるところであり、通信ソフトウェアに関する知識や既存サービスに関する詳細な知識を必要としないところです。
3.要求理解
STRで記述された通信サービスに対する要求仕様に含まれる不完全性には、個々のSTR規則の記述誤りとSTR規則の不足の2種類があります。このような不完全な要求から通信サービスとして意味のある仕様を導出するためには、誤りがあることやSTR規則が不足していることを検出し、望ましい仕様にするための仕様の変更や補完が必要です。仕様の不完全性を検出し補完するために、仮説推論を用いた解析を行います。仮説推論とは、不足している情報を仮定して推論を進める方式のことです。仮説推論を行うことにより、STR規則中の情報の不足を補って推論を進めることが可能となります。この結果、推論を進める途中で補った情報を基に、通信サービスとしての意味のある仕様を求めます。図3において、状態Aから状態Bへの遷移がない場合に、状態A、状態Bに仮説HA、HBを追加した状態を用います。仮説HAは初期状態idle(空き状態)から到達可能な状態に限られます。このときAにHAを追加した状態からBにHBを追加した状態に至る動作が補完するサービス仕様となります。
この仮説推論を用いただけでは、予め蓄積されている既存サービスに関するSTR規則に基づく範囲内での推論しか行うことができません。そこで、通信サービスに関する一般知識や通信サービスを抽象化した通信サービスに関する領域知識(ここではドメインモデルと呼びます)を用いて不足する仕様の補完を行います。このドメインモデルを用いることにより、新規の仕様の生成が可能となります。ドメインモデルを用いて不足する仕様を補うために行う推論をここではモデル推論と呼びます(図4)。
このように仮説推論やモデル推論を行うことにより、不完全なサービス仕様から通信サービスとして意味のある完全なサービス仕様を得ることができます。得られたサービス仕様がサービス設計者の意図を満たしていることを、STR規則のインタプリタを用いたアニメーション(端末動作のシミュレーション)により確認します[3]。このアニメーションにより、サービス設計者は補完された仕様が自分の意図にあっているか否かを確認することができます。
4.おわりに
ここでは、仮説推論に基づく解析的な手法とモデル推論に基づく意味的な手法を組み合わせた通信サービスの要求理解手法について述べました。この二種類の手法の組み合わせにより、定型的な処理に対する仕様の補完も新たなサービスに対する抽象的なモデル上での推論に基づく仕様の補完も可能になります。現在、補完により得られた仕様が通信サービスとしての性質を満足することを高速に検証する方式についての研究を行っています。
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