基礎的・独創的研究の推進


(株)国際電気通信基礎技術研究所 代表取締役社長 吉田 匡雄



 ATRの基本理念の一つに、電気通信分野における基礎的・独創的研究の推進が謳われている。設立後10年目に入り、今世紀から来る21世紀へと橋渡しをするプロジェクトで研究を続けるATRであるが、ここで基礎的・独創的研究の推進について、研究を支援する事務系の人間が振り返って素人的考察をしてみたい。
 ATRの基礎的研究は、その成り立ちから他の研究機関との分担を考えて、主として目的基礎研究、即ち大学に於ける純粋基礎研究と民間企業で行う応用研究の中間に位置する研究を展開して来たところである。
 では基礎的たる所以は何か。最近のすばらしい科学技術の発展は、人間に大きなプラス面をもらたした反面、個人や社会に対してマイナス面も少なからず出て来ている。来る21世紀は高度情報社会・高齢化社会であり、人間尊重の時代と言われているが、ATRが人類の幸福を願い、人間を主体に、人間のすばらしい機能に学び、人間の生活をよりスムーズに、より豊かにする観点から、終始一貫研究を続けて来たそこにこそ基礎的たる所以があると考えている。
 では独創的とは何か。まず考えられるのはテーマであるが、10年前にはとてもリスキーで誰もがとりあげようとしなかったテーマに取り組んだことが、着眼点も良く先駆的であったと言えるのではないかと考えている。それでは研究そのものの独創性はどうかと言うと、この問題については、国際高等研究所の奥田東先生が「創造とは蓋然の先見にあり、着実に偽物を見分けて本物だけを自分の頭の中に積み込んでいく。その矛盾を見つけたときに何か出てくる。創造というのは、非常に地道にこつこつやっていくところから出てくる」と言われている。また東北大の西沢潤一学長も「独創とは奇をてらうことではなく、きわめて当たり前のことをやるだけである。最も独創的な仕事をした方々は、きわめて緻密な方々だと思う。ごく微細な既成概念で説明はできないことをとらえた方々であるから、既成概念もよく知らなければならない」と言われている。これから考えて、独創的研究は研究者個人の研究の進め方が大きなファクターになると思われる。とすれば、我々としては独創的研究が生みだされるような研究環境を整備することが、独創的研究の推進に大いに役立つと考えている。そうした面からATRの今までの歩みを振り返ってみると、「研究の方向を先導しながら、自由な雰囲気を醸し出す」「研究費を不足させない」「成果を正しく評価する」「特許取得を支援する」「自由な国内外での論文発表の機会を設ける」「学位論文として纏めることを支援する」「各分野の優れた研究者を集め、学際的な交流をはかり、学際的研究分野の重要性を認識する」「国内外の研究機関・大学との共同研究の推進」といったことを進めてきており、これらが研究の基盤を支えて、結果的に独創的な研究を生み出してきている。平成5年度・平成7年度の科学技術庁長官賞をはじめ、3回にわたるIEEEからの受賞など、数々の外部団体から毎年10件以上の表彰を受けており、ごく最近では、日本デザインフォーラムから「学術・技術・芸術の3つの世界を一つに融合し、21世紀に先駆する業績を世に送り出している文化創造集団」として認められ、平成7年度日本文化デザイン大賞の受賞が決定したこと等はその証左と言えるであろう。
 これから21世紀に向けて余すところ5年、マルチメディアがますます重要性を増してくる時代に向けて、人類の幸福を願いながら、研究を強力に推し進めていきますので、引き続き関係各位のご理解・ご支援をお願い申し上げる次第であります。