光で光を切る
−半導体超格子を用いた光スイッチング素子−
1.はじめに
将来の高度情報化社会においては、より速く、より大容量のデータを処理する必要があり、光にデータをのせたままで総ての処理を行なう全光型情報処理システムが望まれています。そのようなデーター処理器においては超短光パルスとして到来したデジタルデータを高速にON/OFFする光スイッチ、デジタル光ゲートが必要とされます。この光スイッチに要求される仕様として第一に高速性があげられ、そのため光をいちいち電気に変換し、電気的処理をしていたのでは時間のロスがあるため、全部光のままでやってしまおうという全光型素子が要求されます。また、単にひとつのゲートだけではたいした処理もできませんので、現在のLSIのように半導体基板上に多数個、集積できることも必要とされます。当研究所では、上記の要件を満たすことのできる光信号処理素子、WSL-SEED[1]
(ワニエ・シュタルク局在効果型−自己電気光学効果素子、Wann ier-Stark Localization effect type Self-electro-optic
Effect Device)をガリウム・ヒ素半導体(GaAs)による超格子構造[2]
によって実現し、その性能向上のための基礎研究および新規処理機能実現のための試作、開発研究を行なっています。
2.半導体超格子とはいきなり難しい題名ですが、当所で研究している光素子の基本構造である超格子の作製と物性について説明します。まず、半導体超格子なるものですが、次の様にして作製されます。GaAsの半導体結晶を薄く輪切りにしたウエファ(基板)をMBE(分子線エピタキシー)と呼ばれる装置の中に入れます。この装置はお寺の鐘のような形の大きな“おかま”の中が高い真空(宇宙空間ぐらい)になっていて、超格子を作製中に余分な原子(例えば空気中にある酸素等)が超格子にくっつかないようになっています。また、“おかま“の中にはヒーターがあって入れたウエファを熱しておきます。次に、Ga(ガリウム)とAs(ヒ素)をるつぼに入れておいて熱し、ビーム状になって飛んで来る原子(実際にはAs4等の分子で飛んで来る)をウエファにあてます。するとウエファは熱せられているので、表面に付着したGaとAsの原子は熱エネルギーでゆすられて自動的にGaAsに結合し、ウエファ表面にまんべんなくGaAs化合物の原子層を1層づつ作っていきます。原子層を幾つ作るかは分子線ビームをあてている時間で制御します。このようにして、成長時間を測りながら1原子層づつ成長させていきます[2]
。
成長する化合物の組成はGaAsだけでなく、AlAs(アルミニウム・ヒ素)も同様に成長します。上記のMBE装置でGaAsとAlAsとを、作りたい原子層数ずつ交互にくっつけていきます。これが超格子と呼ばれるもので量子井戸構造とも呼ばれます。この構造は、いわばハムサンドのようなもので、パンとハムとが交互に重ねられたようなものです。
GaAsとAlAsとはそれらの持つ電子のエネルギー準位が異なっており、超格子の模式図としてそのエネルギー準位に注目して図版化すると図1(b)のように表わされ、この表現は論文等で一般に使用されます。GaAsの部分はAlAsの部分より準位が低いので、このGaAsの部分を量子井戸と呼びます。それに対し、AlAsの部分は井戸を取り囲んでおり、この部分をバリア(障壁)と言っています。電子は光が来る前は図中にホール準位として実線で示された下側のエネルギー準位にいます。光が来るとそのエネルギーをもらって(光吸収)実線で書いた上の電子準位に上がれます。
3ワニエ・シュタルク局在効果
我々の作製している超格子ではGaAsとAlAsの厚みが例えば各々12原子層と3原子層(1原子層=約3オングストローム)という非常に薄いものを100組重ねて作製しています。このように薄いAlAsバリアを用いた場合、トンネル効果という現象が起きます[2]
。これは電子が粒子ではなく量子力学的には波動的な要素も持っているためですが、そうすると互いの量子井戸中の電子エネルギー準位間に干渉が生じます。(波動のビートのようなものです。)この干渉により、波動の振動数(エネルギー)は単一ではなくなり、広がって図1(b)の右図のように幅のあるエネルギーバンド(ミニバンドと呼ばれている。)を形成します。ところがこの超格子部にその両側に電極を付けて電圧をかけますと図1(b)の左図のように電位が各部分で異なってきますので電荷を持った電子のエネルギー準位も場所ごとに異なり、上に述べたような波動成分の干渉が生じなくなって電子のエネルギー準位はもとの単一の準位に戻ります。これをワニエ・シュタルク局在効果と呼びます[3]
。
図1(b)の左右ふたつの図における電子が光を吸収するときのエネルギー差を比べてみると左図の方が大きいことがわかります。光はその波長が短い方が高いエネルギーを持っています(例えば、赤より青の方がエネルギーが高い。また、X線は非常に波長の短い光です。)従って、素子にかける電圧を増すことによって図1(b)の右から左に光吸収のエネルギー準位を変化させた場合、光吸収の始まる光波長を短い波長側にずらすことができます(図1(a))。この効果を使えば図1(a)に使用波長として示した波長の光を素子に入射しておき、超格子部にかかる電圧を何等かの方法で変化させることによって、光を吸収させて止めたり(OFF)、吸収させずに通過させたり(ON)出来るわけです。図2に実際の素子構造を、この本の表紙に50ミクロン角の試作素子の外観を示します。光は超格子層に対し、垂直に入射され、表から裏側にON/OFFされて抜けて行きます。このように平面型デバイス・アレイとすることにより、光の場合、並列化アーキテクチャーが容易となる利点もあります。
4.超高速光スイッチングを目指して
現在の主な課題は如何にしてスイッチング速度を高速化するかであり、そのためには超格子内の光キャリアーの輸送過程を解明する必要があり、その基礎研究に集中しています。現在、研究を進めている光素子は、理論的には10ps(約10-11秒、スイッチング速度=約100GHz)のオーダーの超高速光スイッチングが可能と考えられますが、それには越えなければならない山が幾つか明確になってきたところです。紙数の関係でSEEDに関しては述べ足りないところがありますが全体の概要については、詳しくは参考文献[4]
をご覧ください。
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