


その先を考える
(株)ATR光電波通信研究所 代表取締役社長 猪股 英行
ATR光電波通信研究所は、将来の高度なインフラストラクチャー構築に大きく貢献できるような種々の要素技術の研究開発に取り組むことを使命としている。従って、通信の世界の現状と動向を踏まえた上で、その先がどのような姿であるべきかを十分考えるところから仕事が始まる。
例として、自動車電話用の車載アンテナを考えると、現状では、全ての方向からの電波を捕える無指向性の棒状アンテナが用いられている。車が走行によってどっちを向こうと必要な電波を捕えられる点は好都合であるが、難点は妨害となる電波も全ての方向から拾ってしまうことである。この難点を解消するために、方向性を持ったアンテナを車に載せ、必要な電波が到来する方向にその向きを制御することが考えられている。しかし、高速で向きを変える車の走行に合わせて必要な電波の方向にアンテナを制御することは容易ではない。当所では、その先の手段として、多数の素子アンテナからなるアレーアンテナに着目し、各素子アンテナが受信した電波(妨害電波も含む)をディジタル量に変換した上で処理する手法を開発すべきであると判断した。ディジタル信号処理用ICの急速な進歩も取り入れ、A4判程度の大きさのボード4枚によって、走行中の車から必要な電波のみを受信し、また、必要な方向へのみ電波を送信する画期的な技術の確立に見通しをつけることができた。
上記の技術は、周波数の有効利用や移動通信の広帯域化に大きく貢献できようが、広帯域通信に関しては、最近、マルチメディアの話題で持ち切りである。ATRが所在する関西文化学術研究都市における、家庭と光ファイバーで結んだ或るファッションメーカーの実験の一つに、最新のドレスやコートを着たモデルの動く映像を送り、お客さんは各家庭の高精細TVを通じて満足できるまで品定めをし、最も気に入った品物を注文するというのがある。注文した品物は宅配便等で別途届けられる。ファッションに限らず、日常的な食品などの買物もマルチメディア通信システムを利用したテレショッピングに多く移行するものと思われている。マルチメディアのその先は何であろうか? 情報の即時化の次は実物入手の即時化であろう。情報を入手しただけではお腹は満たされない。注文した品物を即、手にすることを可能とする、地中リニアモータ等による物流システムの超高速化へ世の中が進むと私は見る。そして、超高速物流システムの効率的運用に果たす通信の役割がまた大きい。
その先を考え、考えたことを実現するための努力を払うことの中に進歩・発展が生まれる。ATR光電波通信研究所はそのようなことを可能とする研究機関で在り続けたい。